こう聞かれた子供は、手洗いの必要性を自分で考えるだけでなく、親はどんな気持ちで言っているのか、昔の手洗いはどうだったのかを、一段深く思考するだろう。そこから生まれる親との会話もある。

つまり、前者の「叱るタイプの親」は子供を萎縮させて思考停止にさせるだけだが、後者の「問いかけるタイプの親」は子供にいろんなことを考え、表現させる。

言葉で説明できない虐待家庭で育った子供たち

両者の家庭で、子供への影響はどれだけに及ぶのか。

もし親に1日3回問いかけをしてもらえば、子供は3歳~10歳までの7年間の間に、思考する機会を7665‬回も得られることになる。それが小学校高学年になって、自ら思考する子と、ほとんど思考しない子の差になる。

これがもっとも顕著なのが、虐待家庭で育った子供たちだ。

親から毎日のように理不尽に怒られ、手を上げられていると、子供は物事を思考しなくなる。不条理なことばかりが起こるので、思考を停止した方が楽なのだ。思考停止は、いわば虐待を生き延びる方法なのである。

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しかし、彼らが大きくなった時、思考停止は生きづらさの原因となる。彼らにとって都合の悪いことが起きた時に思考停止すれば、物事はさらに悪い方向へ進んでいくからだ。

私は本書の中で、少年院にいる少女の会話を紹介した。その少女は虐待家庭で育った後、半グレの先輩に売春を強要され、客から得た売り上げをすべて半グレたちに渡していた。次は少女の言葉である。

――男(売春グループの半グレ)に金を払ったのはなぜ。
言われたから。
――悔しくなかった?
サンキューって言ってくれる人もいた。
――売春は嫌だった?
そうだけど、他にすることないし……。
――後悔してる?
わかんない。

ここからわかるのは、少女が言葉でもって理論的に物事を考えていないことだ。

本書では他にも、彼氏に恐喝されても何も考えずに言われるままに金を払いつづけた女性や、誘われるままに何も考えずに特殊詐欺に加担してしまった女性を紹介したが、共通するのは思考力の弱さだ。

これらが極端な例だとしても、普通に学校に通っている子供たちですら、物事を知覚し、思考し、行動を選択していく力が弱くなっていることは、多くの教員が指摘するところだ。