「強い」ことが、「男性として高評価」

同じエチオピアに住む民族で、農耕民のハマルにも、「牛跳びの儀式」という通過儀礼があります。

この儀式は、10頭の牛の背中の上を、全裸で2往復するというものです。これに成功しなければ、ハマルの男性は大人とは認められず、結婚もできません。

田淵俊彦『弱者の勝利学』(方丈社)

アフリカの牛は痩せているので、背中は骨ばってゴツゴツしています。日本の牛のように充分に飼料を与えられ、栄養が行き届いて太ってはいません。

そんな牛の背中を、裸で走って渡るのには、かなりの危険がともないます。

牛の背中を踏み誤って転んで大怪我をしたり、牛の角に刺されて死ぬ者も、少なからずいるそうです。

そうした危険があることを承知で挑戦する勇気と、跳躍力をはじめとする身体能力をテストし、男性としての成熟度や強さをためす儀式なのです。

大自然で暮らす少数民族の成人や結婚にまつわる儀式の中には、「体力テスト」に近いものが多数見られます。

「強い」ことが、「男性として高評価」となるのは、日本人の感覚からはれっきとしたジェンダーバイアスとされてしまいそうですが、ある意味、生物学的には当然のことでもあります。

過酷な自然の中で、自分の遺伝子をどうやって残していくかが、生きものにとっての最大のテーマです。

その際に重視されるのが力なのか、あるいは技能や知恵、外見なのかは、それぞれの風土や自然環境によって違ってきます。そこにこそ、それぞれの民族の個性があらわれているのではないでしょうか。

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