エチオピアの少数民族「ムルシ族」には、女性たちが下唇に穴を開け、そこに「リッププレート」と呼ばれるお皿を入れる風習がある。テレビ東京制作局企画委員の田淵俊彦さんは「この風習の起源は、ムルシの人々が歩んだ悲しい歴史と関係がある」という――。

※本稿は、田淵俊彦『弱者の勝利学』(方丈社)の一部を再編集したものです。

奴隷としての商品価値を下げるためのリッププレート

エチオピア南部のオモ川流域には数多くの少数民族が散在していますが、そのうちの一つ、牛牧畜民であるムルシの人々の間には、伝統的な風習が今も色濃く残っています。

目につくのは、女性たちの「身体変工」です。ムルシの女性は通過儀礼の一種として、下唇に穴を開け、そこに素焼きや木製のリッププレートを入れています。

エチオピアの少数民族「ムルシ族」には「リッププレート」の風習がある(※写真はイメージです)
写真=iStock.com/Kirsten Walla
エチオピアの少数民族「ムルシ族」には「リッププレート」の風習がある(※写真はイメージです)

このリッププレートは現地の言葉で「デヴィニャ」と呼ばれています。彼女たちは15歳くらいの思春期からリッププレートを装着し始め、成長するにつれてだんだん大きなものに変えていくのです。

ムルシの人々の価値観では、大きなリッププレートをつける女性ほど美しいとされ、結婚の際に結納品としてより多くの牛を受け取れるのです。

この「デヴィニャ」の歴史は、実はそんなに古いものではありません。古代から続く風習というよりも、ムルシの人々が歩んだ悲しい歴史がこの「身体変工」を生んだのです。

16世紀あたりから、ヨーロッパ人の手による奴隷貿易が盛んになりました。そのためムルシの人々は、あえてリッププレートを入れて自分を醜く見せることで、奴隷としての商品価値を下げ、さらわれないようにしました。これが「デヴィニャ」の起源だと言われています。

「大きなデヴィニャをつけた女性ほど美しい」という価値観は、大きな身体変工をしないと奴隷として連れ去られてしまうほど美しい、という意味だったのです。