被害者らはなぜ口をつぐまざるを得なかったのか
多くの被害者たちは、多額のお金を受け取る代わりに、彼との間に起きたことを絶対に口外しないという秘密保持契約に同意していた。女性たちは、自分たちの経験を話せばワインスタインに訴えられる、という状況に置かれていたことも、トゥーイーさんたちの取材で明らかになる。
「取材をして記事にする過程で、いくつかの『点』を『線』にすることができました。しかし、この強い力を持つプロデューサーが何十年もの間、誰にも止められずに女性を食い物にできたのはなぜなのか。そのパズルをつなぎあわせるには、まだまだやるべきことがたくさんあることに気づきました。これは1人の悪人だけの問題ではありません。密かに示談に持ち込み女性たちを沈黙させることができてしまうシステムが、彼の犯罪を可能にしたのだということに気づいたのです」とトゥーイーさんは言う。
ワインスタインが性加害をしているという情報をつかんだ2人は、被害者女性のところに何度も足を運び、公表を前提としたオンレコで証言してくれるように根気よく説得し続けた。並行して、ワインスタインの会社の記録や法定文書も手に入れ、さまざまな情報の裏を取る確認作業も進めたという。
そして、2017年10月5日、ついにニューヨークタイムズでワインスタインの性加害を告発する報道が始まる。その後、ワインスタインは、強姦、犯罪的性行為、性的虐待などの容疑で逮捕され、2020年にはニューヨーク最高裁判所で禁固23年の判決を受け、現在も服役中だ。彼はロサンゼルスでも複数の罪で起訴され、先月、強姦と性的暴行の3つの容疑に対して有罪判決を受けている。
記者、編集者として今まで仕事をしてきた1人として、私にもこの2人の取材がいかに難しく厳しいものだったかはよく分かる。彼女たちを全面的にサポートしてきた担当編集者のレベッカ・コルベットさん、そして、新聞社ニューヨークタイムズの肝の据わりようにも脱帽だ。
回顧録『She Said』が生まれたわけ
2017年10月にワインスタイン報道が始まってから2年後の2019年9月、2人は取材の過程を詳細に記した回顧録を出している。なぜなのだろうか。
トゥーイーさんは、「この物語が多くの人にとって重要な意味を持つようになったからこそ、読者にその体験に加わってもらい、私たちがどのように行動したかを、最前列で見てもらいたいと思いました」と、その理由を語る。
それにしても、半年に及ぶ取材を続けるにあたり、諦めようと思ったことはなかったのだろうか。トゥーイー記者は、ワインスタインの性加害が明らかになり、被害者に示談を迫りお金で解決してきたことが分かり始めた頃に、ニューヨークタイムズ編集者のコルベットさんとバーに行った時の話をしてくれた。コルベットさんの話は、彼女たちの著書にも登場する。
「その時彼女に『オンレコで話をしてくれる女性は何人いるのか』と聞かれたんです。私たちの答えはゼロでした。さらに、『女性たちが合意した秘密の和解文書は手元にあるのか』と聞かれたのですが、その時点ではありませんでした。すると、彼女は『記事にできるところまではいっていない、ということね』と言ったんです」