山奥でのフグの養殖は、「毒なしフグをつくる」という挑戦でもあった。天然のトラフグは毒を持つ貝やヒトデを食べることで内臓に猛毒を蓄え、日本で年間約30件のフグ毒中毒が発生している。だが、養殖のものは人工エサだけを与えるため無毒のフグになるのだ。育てたフグを調べるため、下西は日本食品分析センターに有毒部位である肝を送った。
「やはり無毒だったんです。海のない奈良県産のフグなら、毒のある天然ものが混ざる心配がないから、いつか特許が取れたらいいなと思ってます」
目標は「絶対黒字化」
今年は水槽を倍に増やし、3000匹の稚魚を飼育しているという。
「寝ても覚めても、この子らのことを考えています。たまに全滅した夢を見て、うなされることもありますね(笑)。休みの日は朝起きてすぐに水槽のライブ配信(役場専用)を見ながら、『みんな、生きとるか~?』ってチェックしてます」
「今後の目標は?」と聞くと、下西は「絶対的な黒字化です」と答えた。
室内を暖めるための灯油代や電気代、下西自身の人件費は、数百匹を売るだけではまかなえない。民営化するには、3年はかかるだろうと見込んでいる。
一筋縄ではいかないトラフグの養殖――。それでも下西が奮闘を続けるのは、「未来のあるべき姿」に揺るぎない思いがあるからだ。
「人間が生きていくためには、絶対に何かしらの命を奪わないといけないです。でも、僕たちはその命の使い方をしかるべき方法でとってるんだろうかって、よく考えるんです。海や山で取ったものを食べてきたけど、不均衡になって地球がおかしなことになってるなと感じます。人間が使うもんは、自然に影響を与えない程度に自分らで作るのが正しいんかなって。僕が取り組む養殖も、未来の地球にとってありなんじゃないかと思います」
いつか天川村のフグが全国の食卓に並ぶことを想像しながら、彼の生き方に大きな可能性を感じた。さかなクンにジェラシーを感じていた少年はいま、自然と共存するためのイノベーションを起こそうとしている。