自分の中にある輝きに目を向ける

己有こうらず、ひんこれに過ぎたるはなし
――『吽字義

自分自身を知らないこと以上に、貧しいことはない。

空海は、こう断言しています。人間にとって貧しい状態は、お金や物がないことでも、地位や権力がないことでもない。自分という存在の素晴らしさを知らないことだと。

では、その「自分」とは、どんな存在でしょう。

仏教では、人間は「仏性ぶつしようを持っている存在であると考えます。仏性とは、仏様と同じ性質です。仏様がそうであるように、悩みを解決する知恵も、願いをかなえる力も、実は、私たちの中にあるのです。

幸せへと導く「青い鳥」は、どこか遠いところにあるのではなく、私たち自身の中にあるというわけです。

しかし、私たちはそれに気づかず、周りに翻弄ほんろうされ、自分の外側に幸せを見出そうと四苦八苦しています。それはなぜか。数々の煩悩ぼんのうで仏性の輝きが覆い尽くされているからです。

でも煩悩の曇りをとれば仏性が輝き出し、豊かさへと導いてくれます。その第一歩が、幸せになるための答えは自分の中にあると気づくことなのです。

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困難の中にこそ、心を育てる栄養がある

はちすを観じて自浄を知り、このみを見て心徳しんどくさと
――『般若心経秘鍵

あなたは、自分の思い通りにならないことを、世の中や人のせいにしていませんか? 「自分が活躍できないのは○○のせいだ」「○○さえなければ、うまく行くのに」……。そうやって嘆くのは簡単です。しかし、空海はこのように説いています。

はすは泥の中に育ちながらも、その色に染まらず美しい花を咲かせている。また、そのつぼみの中には、すでに実が存在している。このことを見れば、私たち人間も、環境に左右されない清らかな心を持ち、悟りへと至る可能性を持っていることがわかる、と。

蓮は、泥水の中でしか育ちません。澄んだ水の中では、あの可憐かれんな花を咲かせることはできないのです。泥の中にこそ、蓮を成長させる栄養があるのでしょう。

長い人生の間には、トラブルに見舞われる時もあれば、努力してもなかなか報われない時もあります。そんな時は、泥が自分を育ててくれているのだと思いましょう。困難から学ぶことができる人は、必ず美しく咲くことができます。