「人間の女」に異常なまでの執着

三毛別事件の第1発見者である太田家の雇い人、長松要吉は、明景家に避難して熊に襲われた。だが、加害熊は彼に一撃を加えたのみで、深追いしなかった。明らかに「排除」が目的であり、加害熊は長松要吉を食物と見なさなかったのである。

中山茂大『神々の復讐』(講談社)

また、谷崎武夫は18歳で、成人と男児の中間くらいの年齢だった。

加害熊は、1年前に明地少年を襲い、男児の味を求めていた。

そこで、加害熊は、男児に比較的近い年齢の谷崎武夫を襲う目的で出現した。

しかし、谷崎武夫を襲う前に、逃げ遅れたシャウを手近な獲物として襲った。

そこで女性の味を知り、加害熊の嗜好しこうは、「男児」から「女性」に変化したのではないか。

そのため、これ以降、加害熊は「女性」を最優先に狙い、その次に「男児」を狙うようになったと思われる。

加害熊が「人間の女」に異常なまでの執着を持っていたことは、吉村昭の『羆嵐』でも語られている。

また、『エゾヒグマ百科』には、次のような事実が確認されたという。

「また不思議なことに、どの農家も婦人用まくらのほとんどがずたずたに破られ、特に数馬宅では妻女アサノ専用の石湯タンポ(中略)を外まで引出し、つつみ布をズタズタにかみ切り、3キログラム余りの石をかみくだいてあった。(中略)ヒグマは最初に食害したものを好んで食おうとし、これを襲撃することが多く、この事件でも婦女をはじめ、婦女が使用した身の回り品にまで被害が及んでいる」(前掲『エゾヒグマ百科』)

動物のオスは「人間の女」を好む。筆者がネコを飼った経験からもそれは明らかである。

三毛別事件において、蓮見幹雄少年は食害されなかった。加害熊は家屋をのぞき込み、幹雄少年の姿を認め、捕食目的で押し入った。

少年を一撃し、いざ喰おうとした時、物音に気づいて阿部マユが顔を出した。熊はマユの姿を認め、「人間の女の匂い」を感じ取ったので、食害の対象を変えたのである。

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