競争相手を完全に破壊するのが自分の仕事
だが、ITの市場は移り変わりが激しい。間もなく、グーグルやノキアなど、マイクロソフトの地位を揺るがすような新たな競争相手が現れた。バルマーはその時、過去の成功事例から、自分がどのような態度を取るべきかを学べばよかったのだが、彼はそういう人間ではなかった。競争相手がいるのなら、ただ打ち負かすのではなく、完全に破壊し、消滅させるのが自分の仕事だと思い込んだ。
たとえば、同社のソフトウェア・エンジニア、マーク・ルコフスキーが、当時エリック・シュミットがCEOを務めていたグーグルに移籍すると告げた時のエピソードからもそれがわかる。
ルコフスキーは礼を尽くして話をしたのだが、バルマーはあのレオ・ドローチャーとほとんど同じ態度を取った。
まずは言葉での攻撃だ。「エリック・シュミットはいまいましい最低野郎だ!」とバルマーは大声で言い放った。そして裁判記録によれば、驚くルコフスキーの目の前で、しばらく武器を探して部屋を歩き回ったという。選ばれたのは、オフィス内の椅子だった。バルマーは手近にあった椅子を持ち上げ、叫び声をあげながら投げつけた。ルコフスキーはとっさに身をかわした。
グーグルへの転職者には「最低野郎! 葬り去ってやる!」
バルマーはそれでも収まらず「見てろ、絶対にあいつを葬り去ってやる!」と叫んだ。椅子はルコフスキーには当たらなかったが、テーブルの上で跳ねた。ルコフスキーの証言をまとめた裁判記録からは、椅子のあとに何か他の物が投げつけられたのかどうかはわからない。しかし、バルマーの「俺は前にもやっているんだ。同じことをまたやってやる! グーグルを殺すぞ」という次の言葉は記録されている。ルコフスキーはどうにかその場から逃げることができた。
外から自分たちを脅かすものはすべて粉砕しなくてはならない。バルマーはそう信じ、その信念に従って行動してきた。OSのリナックスも標的になった。リナックスは無料(あるいは無料に近い)だったため、ウインドウズやオフィスといったマイクロソフトの大きな収益源にとって直接の脅威となるとバルマーは考えた。そこで、リナックスのユーザーを「がん細胞」「共産主義者」などと呼んで非難することで、利用者を減らそうとした。