シーメンス時代に培った人を動かすために必要なこと

――これまでの経営者とは表現や発想がまるで違いますね。

そうかもしれません。6月に発表した長期ビジョンでも、本当は入れたかった文言があるんですよ。「東芝の改革は遠雷のごとき 遠くでゴロゴロ鳴れど我関せず」。改革に際しても社員はそこまで意識せず普段通りの仕事に集中している、これでは本当の改革は達成できないといった意味です。

この一文で言いたかったのは、すべての事業部門の社員の意識が変わらないと本当の改革はできないということです。それを抽象化して言うとポエムになってしまうわけですが、僕はこの「抽象化する」という作業が極めて重要だと思っています。それを行わないと、いつまでもそのコンセプトは浸透しません。抽象的かつ客観的な言葉にして初めて、皆のものの見方を変えていくことにつながるのです。

人は、コンセプトを聞いて、実際やってみて、体験して「あ、そういうことか」となって初めて動き出します。コンセンサスメイキングが非常に重要なんですよね。

こうしたことはシーメンスで学びました。ドイツ系の会社なのですが、ドイツ人ってなかなかいうことを聞いてくれないんですよ。「これをやってください」と言ったら、必ず「どうしてですか」と聞いてきます。

ですから、自分のやりたいことがあったら、文章を書いて、コンセプトをたてて、ぐうの音も出ないほど理論立てて説明できるようにしていました。ひとつのプロジェクトを開始するのに、説明だけで3カ月かかったこともあります。でも、いったん理解した後は精密機械のごとくガーッと動いてくれました。

撮影=遠藤素子

東芝では皆「はいわかりました」とは言うものの…

ところが、東芝に入って同じように「僕はこうすべきだと思うんだよね」と言ったら、皆が「はいわかりました」と答えるんですね。真面目だなと思いました。ただ、こうした姿勢が色々な問題の原因の一つでもあるんじゃないかなと思って、素直に従ってくれているのにもかかわらず、僕はシーメンス時代とまったく同じことをやりました。

その後の展開はドイツ人より早いぐらいでしたが、ここで感じたのは、皆最初はわかっていなかったんだなということです。わかっていないけれど、それをはっきり言葉にしなかっただけなんだと。

人は、ちょっと指示したぐらいで簡単に動くものではありません。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という山本五十六の言葉がありますが、本当にその通りだなと思います。

しかし今は、きちんと理解しよう、積極的に動いていこうという姿勢が僕の想像を超えて広がりました。それをもって、満を持してビジョンを発表したのです。正直、姿勢を変えるにはもっと時間がかかると思っていました。