どうすれば日本は世界で勝てるのか

――6月に発表された長期ビジョンには「量子技術の分野でリーディングカンパニーを目指す」とあります。

東芝は、量子技術の分野で30年近く研究開発を続けてきました。僕は、今こそこの技術をもって世界と勝負しなくてはと考えています。

これまでの日本は、ずっと「世界に追いつけ追い越せ」でやってきて、自ら未知の分野を切り開いたことはありません。例えば、量子ビット(量子情報の最小単位)は日本で発明されたのに、いまだにまったく活用されていない。

量子の世界をめぐっては、そもそも量子技術を実用化・商用化したものは今はまだ少ないため、市場そのものをつくるところから始めないといけません。今までと同じプロセスが通用しないわけです。

だから、まずは量子関連ビジネスの創出を目指す共同事業体や、実証実験用のプラットフォームなどをつくりました。さらに研究開発を進めるには政府や省庁の支援も必要なので、構想を説明したところ賛同が得られました。

政府の量子戦略は研究開発にとどまっていて、まだ実社会に生かしたり普通の人が使えるようにしたりするところまで行っていません。ですから、今は量子技術に取り組みたいさまざまな分野・企業の方と協力して実証実験を進めると同時に、「日本はどの層をつかめば世界に勝てるのか」という議論を進めています。

東芝島田社長
撮影=遠藤素子

「日本の勝ちパターン」をもう一度

――今後、量子技術の活用をどう進めていきますか。

政府には「5年後には国内の1000万人が知らぬ間に量子技術を使っている状況をつくりましょう」と提言しました。なぜ1000万人なのかというと、これはインターネットの普及もそうだったのですが、国内人口の約10%が使うようになれば爆発的に広がるからです。だから、まずは10%の人が使える状況をつくることを目標にしています。

日本ではかつて、産業政策が盛んな時代がありました。高度経済成長期です。企業が護送船団的に皆で協力して技術開発を進め、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われたように、経済的な繁栄を極めました。ところがそれを警戒したアメリカが産業政策を止めさせたという経緯があります。

アメリカがいちばん恐れているのは、日本の頭脳が団結することです。ところが、中国が台頭してきた今、アメリカはむしろ日本を取り込みたいという流れになっている。僕は今が、産業政策を復活させるチャンスだと思っています。「1980〜90年代の日本の勝ちパターンを思い出そうよ」と。

量子技術ではすでに、多くの専門家や企業との協力体制が出来上がっています。ある友人は、「すでに負けた領域でごちゃごちゃ言っても仕方がない、まだ存在していない領域で世界と勝負しようぜ」と言いました。僕もまったく同感です。

産業政策を進めるうえでは、もちろん政府とぶつかることもあります。でも、お互いに日本のためになると思ってやっているわけで、ただ視点が違うだけなのです。新技術を社会に生かすには、「誰がどう使うのか」「どう販売するのか」という全体的な視点や、若手研究者の育成なども必要ですが、政府はそうした現場をあまり知らない。その辺りも僕たちから提案しながら、一緒に量子技術の実用化・商用化を進めていくつもりです。