漁師たちは自分たちが食べるために、その一部を別に保管して持ち帰り、自宅で「漁師メシ」として食べていた。その料理は魚にも非常に丁寧に手入れがされていて、抜群に美味しい。
この魚を自分たちで直接消費者に売ることができれば、今のような安い値段ではなく、もっと市場価格に近い値段で売れるだろう。これは、
①地元の水揚げ高にさほど影響を及ぼすことなく浜での売れ残りやフードロスを減らし
②漁業者の収入が増え
③消費者も鮮度のいい安全な魚を食べられる
そんな「三方良し」のビジネスモデルになるのではないか。
「俺たちは潰される」
さっそく、このアイデアを元に事業計画案を作成し、長岡たちに見せた。彼らから返ってきた反応は、私には予想外のものだった。
「そんなことができるはずがない」
「そんなことをしたら、わしらは潰される」
せっかく考えたのに、頭ごなしに否定しなくてもいいではないか。当時の私には、なぜそれが「できるはずがない」のかも、それをしたら「潰される」のかも、まるで理解できていなかった。
これは後で知ったのだが、長岡たちも自分たちで獲った魚の一部を直接、消費者に売れないかと検討したことがあったらしい。すでに直接販売に実績があった県外の実態を視察し、漁協にも直販について提案したという。しかし、萩の浜ではその案が採用されることはなかった。
ピンチはチャンス
地元の漁協関係者からすれば、自分たちが蔑ろにされるようで面白くないのだろう。
その気持ちはわからなくもない。だが、漁獲高が顕著に減少し、魚価が低迷するなかで、自分たちも生き残っていかなければならない。法律に違反しているわけでもないのに、ちょっと業界のルールに反したからといって「潰される」なんてことがあるはずがない。
そう思ったものの、彼らがそれだけ怖がるのだから、なにかしら理由があるのだろう。自分たちで獲った魚を自分たちで売るという、漁業の素人である私からすればごく当たり前のことに、想像以上に大きなハードルが立ちはだかっていることだけは確かなようだ。