差別化はむしろ真似をする力のある強い農業者に有利
一方で、私が自分で食べたいのは、冷たい筑波颪に当たってじっくり育った普通の冬の大根です。青首ならばサカタのタネの「冬自慢」、三浦大根なら「龍神三浦二号」という品種が好きです。同じタネを買ってくれば、隣の農家にも、家庭菜園の人にもつくれるものです。それでも、何千回と食べてもしみじみ美味しく、大根が美味い季節になると、毎年感動があります。大鍋で豚バラと甘辛く煮た日には、大きな三浦大根もペロリと食べてしまいます。
人の大根の嗜好に何千ものパターンがあるとは思えません。私と同じように考える顧客はたくさんいるはずで、そういう人を探していけば、差別化なんて必要ないはずなのです。
後述しますが、一般論として、「川上産業」である農業は差別化がしにくい業種です。特に、他者の真似がしやすい現代の農業は、オンリーワンの商品をつくることが本質的に難しい仕事です。幾多のビジネス書が指南する「顧客獲得のための差別化」を前提に小さい農家が経営を組み立てることは、正しいとは言えません。差別化のポイントを明確にすることは、むしろ真似をする力のある強い農業者に有利な戦い方です。
個農の売り方としては、他と違うかどうかにかかわらず、自分が個人的に好きだと、相手の目を見て言い切れることの方が、はるかに重要です。
「美味いものは路地裏にあり」
自分に合う顧客を探す、というのは、合わない顧客を排除することでもあります。私も、売り方を模索していたキャリアの初期には、直接販売以外の販売チャネルを試したこともありますが、長続きしませんでした。私の好みや、価格帯も含めたつくり方が、量販店など不特定多数の顧客向けの考え方と合わないのかもしれません。どこでも食べられる無個性のものだったら、こだわってつくる意味はない、というひねくれた感覚も、販売店にかわいがられないことに拍車をかけます。
飲食の世界に「美味いものは路地裏にあり」という言葉があります。多くの目に留まる表通りの店は、一見の観光客から近くの住人までいろいろな人が入ってくるので、ターゲットを広く持たざるを得ません。目立つ場所にあるお店は家賃も高いので、多くのお客さんに来てもらう商売でないと成り立ちにくいという事情もあります。その結果、単純化して言えば、表通りは「美味いもの」よりも、「不味くないもの」を提供するビジネスに向いています。
一方、少し裏道に入った場所に暖簾を上げるお店には、わざわざ目指して来る人しかたどり着けません。「分かる」客だけを相手にしたいなら、表通りよりも路地裏の方が良さそうです。知る人ぞ知る名店は路地裏にしか存在し得ないとも言えるわけです。あえてたどり着きにくい場所に店を構えることで、「分からない」客をふるいにかける、という意図を持つ店主もたくさんいるはずです。
しかし、これもまたよく言われるのは、インターネットの時代には、目につきにくい立地が難しくなったということです。情報が回ると、誰でも簡単に検索できるので、たどり着けないということはないからです。現実物理空間における「路地裏」は顧客のふるいとしては機能しにくくなったと言えます。
万人向けではない久松農園の野菜は、明らかに「路地裏」向きです。一方で、ECサイトでの通販が唯一の窓口なので、インターネットの法則からすれば、たどり着けないようにすることは困難です。それでも、結果的に、農園の野菜を買ってくれるのは、私たちのことをよく理解してくれるいいお客さんばかりです。
なぜいいお客さんに恵まれているのか。奏功の是非はともかく、野菜を販売するに当たって私が心がけていることを挙げてみます。
①悪いところを晒け出す
②ドヤ顔でおすそわけ
③最良のコンテンツが最良のSEO
それぞれを説明していきましょう。