建物の3階から向かいの建物へのジャンプを強要され…
命の危機――それは、決して大げさな言い方ではありません。なぜなら、オードリーの心には自殺願望さえ芽生えていたからです。
事実、こんなことがありました。クラスメイトたちに、建物の3階から向かい側の建物へ飛びうつれとはやしたてられたオードリーは、ほんとうにジャンプをしたのです。
一歩まちがえれば、命を落としかねません。心臓に負担をかけないように、幼いときから注意をおこたらずに生きてきたオードリーが、自分からそんな危険なことをするのは、まさに自殺行為といってもいいことでした。
不登校に陥ったオードリーは、精神状態もとても不安定になりました。食欲がないといって、まる一日食事をとろうとしなかったり、登校しようと家を出ても、行けば先生やクラスメイトから質問攻めにあうことを想像して、結局もどってしまったりしました。それでも母は、オードリーを励ましながら、なんとかして学校へ通わせようとしました。オードリーの苦しみは理解していたつもりでした。しかし、その一方で、学校へ行かないという選択肢は、母にはなかったのです。
「これでもママは学校へ行けっていうの?」
そんななか、おそろしい事件が起きました。
ある授業でテストが行われたときのことです。先生がテストを配ると「20分以内に終えるように」といって、教室を出ていきました。
オードリーのことですから、20分どころか、あっというまに解いてしまいました。すると、先生がいないのをいいことに、まわりの子たちが手を伸ばしてきました。
「おい、答え、見せろよ」
「いやだよ。テストは自分で解かないといけないんだよ」
「いいじゃないかよ、見せるぐらい」
4、5人の子どもたちがしつこくせまってきます。オードリーが答案を見せまいと席を立つと、彼らも立ちあがって、追いかけはじめました。オードリーは教室を逃げまどいました。が、勢いあまってころんでしまいました。すると、一人の子が、倒れたオードリーのおなかを思いきり蹴ったのです。オードリーは壁に打ちつけられ、そのまま気を失ってしまいました。
知らせを受けて、母がむかえに来ました。家に連れ帰って、お風呂に入れようと服を脱がせて驚きました。オードリーのおなかに、大きな青あざができていたのです。
言葉を失う母に、オードリーはいいました。
「これでもママは学校へ行けっていうの?」
「……いいえ。もう行かなくていいわ。家にいなさい」