原因不明の不登校に悩む母親
相談に訪れた母親の当初の話では、B君の弟を私立中学に進学させるにあたって必要な対策が焦点だった。中学入試で現状の学力をどのように上げるか、この成績帯でお勧めの中学はないか。定番の質問に対して私は定番の答えを返していた。
そもそも私立中学の受験対策など通り一遍のアドバイスしかできない。言えることは、6年生以前に全力で勉強しないように努めること、5年生の間に時間を見つけて複数の学校見学をすることくらいだ。子供は親のいいなりで勉強をすることはない。頭を空っぽにして塾の席に座っていることなど簡単である。
ゆえに私立中学対策の勉強に向かわせたいのなら、子供自身がこの中学に行きたいという意志を持つことが重要だ。それは明確なものでなくとも構わない。学校見学で壁に貼られていた美術部の作品が良かった、学校説明会に登壇した在校生の雰囲気を気に入った。その程度の理由でも、自身に何かしら直感が働けば学校生活は楽しいものになるだろう。
一通りの助言を終えても、母親がどこか浮かない顔をしている。何か他に問題でもあるのだろうか。さりげなく聞いたところ、弟の私立中学進学を決めたのは兄のB君が中学で不登校になっているのが動機だという。その理由を問うても、学校になじめなかったという曖昧な答えしか返ってこない。この事実を知り、私の方針は一変した。今、この親が真摯に向き合うべきは弟ではなく兄のB君だ。
まずは、弟の進学問題が家庭で話題に上ったときのB君の様子を聞いてみた。すると母親は、特に関心があるようではなく、話の輪に入ることもあれば、そうでないときもある、兄弟2人は年が5つ離れているが、喧嘩もなく仲はいいと言う。
では、なぜB君は公立中学で、弟は私立中学に進学させようとしているのか。
B君は大人しい性格ながらも小学校時代の成績は極めて良かったらしい。しかし、両親は子供が中学受験でせわしなく過ごすことをよしとせず、B君に勉強を押しつけなかった。父親も母親も地方の公立中学・高校を卒業しており、息子を地元の公立中学に通わせることに躊躇はなかった。しかし、彼は結果的に不登校になってしまう。
その原因がよくわからないという母親に、私はこの時点である予想を立てていた。不登校はB君が過ごしてきた環境に起因しているのではないだろうか。
中受率が高いエリアで公立中学に進学
B君の住まいは東京西部の高級住宅街で、いわゆる富裕層が多い。
日本有数の巨大企業の社員である彼の父親も例外ではない。こうした地域では私立中学進学熱が高く、それ以前に私立小学校への進学を望む親も多い。幼い頃から彼の友人関係は、そうした環境下で形成されていった。
小学校時代、B君は水泳やピアノなど、体力作りや情操教育として良いとされるものに積極的に関与していた。教育に対する親の投資は明らかに平均以上で、本人の学業成績も塾に行かずとも良好。大人しく静かな性格のB君はピアノと読書に打ち込み、特に読書に関しては、愛読書の情報交換を介して親しい友人関係を築いていた。
しかし、親しい友人は全員私立中学進学を目指し、小学5年生後半から塾通いが激しくなっていく。自然、B君が友人と過ごす時間も減り、そのまま自分は地元の公立中学に進学する。そのなかに、彼が小学校時代、親しくしていた友人はほとんどいなかった。彼らは全員が私立中学に進んでいたのだ。新たに中学の同級生のなかから親しくなれる友人が現れる可能性もあるが、内向的で読書好きなB君と話が合うような同級生は、恐らく私立を選択している。
こうしてB君は、表面上クラスの仲間と意思疎通しながら、ゆっくりと孤立していった。