「気合いで頑張れ」現代の日本企業でも白兵戦は強いられる

【池上】佐藤さんは、乃木希典からくみ取るべき教訓は、リーダーシップ論、組織論だとおっしゃいました。つまり、今を生きる我々は、旅順要塞と対峙した乃木大将を克服してはいない。乃木希典や、彼に限定合理性のルールを強いた組織、社会を笑うことはできない現実があるんだ、ということですね。

【佐藤】そうです。日露戦争から100年経ちますが、「ここが勝負」となると、決まって白襷隊になってしまう。今乃木希典を論じることが大事だと思うのは、企業にしろ学校にしろ、日本のあらゆるところで「二〇三高地化」がますます進行しているのではないか、という危機を実感するからにほかなりません。

池上彰氏(写真提供=中央公論新社)

【池上】現代の白襷隊の典型と言えるのが、新型コロナに立ち向かった医療従事者ではないでしょうか。新規の感染症への対策を本気で取り組める医療現場の体制づくりを考えないまま、それこそ「弾」が不足しているのに、「頑張れ、頑張れ」の一点張り。あげくコロナで他の患者が減って経営的に苦しいからと、看護師のボーナスが出せなくなった病院が出てしまう。冗談じゃないと辞めようとすれば、医療や看護に携わる人間が非常時に敵前逃亡するのか、みたいに叩かれる。当時はワクチン接種も始まっていませんでしたからね。現場の人たちは、文字通りの白兵戦を強いられたわけです。

【佐藤】戦力というのは、「客観的な資源や武器×士気」である。前者が足りなければ、後者で補え。そこに「大和魂」という変数を置けば、戦力は無限大にできるではないか――。冗談抜きで、その伝統が社会に連綿と生き続けているのです。さらに困ったことに、無理に無理を重ねて何とか乗り切ると、それが成功体験になって受け継がれていくんですね。

【池上】日本を代表する企業でありながら、限定合理性に従って粛々と事を進めたために「転進」を余儀なくされたのが、東芝です。とにかく上から営業成績を上げろ、数字を何とかしろと言われて、実際に「何とかして」しまった。決算の改竄までやって上の負託には応えたのだけど、結局稼ぎ頭の半導体事業を売却したり、会社自体が二分割されそうになったり、という憂き目を見ることになってしまいました。