家族の歯のケアはなかなか難しい

そんな患者さんのことが気にかかってはいても、ご家族はなかなか患者さんの歯をみがくことができません。

「おじいちゃんは嫌がって歯ブラシを噛んでしまうのでみがけません」
「おばあちゃんは週に2回のデイサービスのときしか、歯をみがかせてくれません」
「入れ歯をしていますが、嫌がるので、数年間外したことがありません」

そんなことはめずらしくないのです。

本来であれば、患者さんには歯科でクリーニングを受けていただくのがよいのですが、高齢の認知症患者さんの多くは、内科の他にも眼科や整形外科などの医療機関にかかっています。

「先生のクリニックに連れて来るだけでも大変なのに……これ以上、他の医療機関にかかるなんて無理です!」というのが多くのご家族の本音です。

それなら、うちに歯科用チェアユニットを入れて、歯科衛生士さんに来てもらい、歯のケアを行うしかありません。

私のクリニックが、認知症専門外来でありながら歯科用チェアユニットを設置しているめずらしいスタイルを採用しているのには、そういう理由があるのです。

こうした取り組みが歯の専門家の目に留まり、先日、日本口腔ケア学会の評議員への推薦もいただきました。

写真=iStock.com/kazuma seki
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歯のケアで認知症状が劇的に改善

さて、認知症外来の歯科用チェアユニットと、本稿をお読みのあなたの脳の老化がどう関係するのか。ここからご説明していきますね。

認知症患者さんの口の中が、まるでゴミ屋敷のようであることに気づいた私は、歯科衛生士さんにお願いして、口腔ケアを始めました。

すると……思ってもいなかった改善例が出はじめました。

歯科衛生士さんによるたった1回の歯のケアで、認知症状が改善した患者さんが現れたのです。

92歳の男性患者Aさんは、食欲の低下が著しく、ご家族は最期のときに備えて看取りも意識していました。ところが、たった1回の歯のケアで食欲が改善し、以前の食事量に戻ったのです。今ではしっかり食欲もあり、看取りを考えていたなんて想像もできないくらいです。
女性患者Bさんは86歳です。彼女は、クリニックで歯のケアをはじめてから、それまで外出することすら嫌がっていたのに、デイサービスに参加するようになりました。
歯のケアにより、意欲が戻って、積極的になったのでしょう。担当のケアマネージャーによると、以来、とても明るくなり、リハビリにも積極的に取り組むようになったと言います。
79歳の女性患者Cさんの場合は、もの忘れが劇的に改善しました。以前は、家族の名前すらすぐに出てこないような状態でした。
いつもつきそって診察に来てくださる50代の娘さんは、そんなお母様を見て、歯の重要性に目覚めたようです。ご自身も歯科に通うようになり、3カ月に1回、メンテナンス受診をするようになりました。
84歳の女性患者Dさん。認知機能の低下が進んでいた彼女は、食欲や意欲が低下していて、一日中ボーッと座っていることが増えていました。けれどたった一度の歯のケアを受けただけで、その日から食欲が改善。しっかり食事をとるようになり、徐々に意欲も向上してきて、「あれがしたい、これがしたい」とご自分の望みを口にするようになったのです。
「先生、口のケアは本当に大事なのですね!」とご家族も驚くほどの改善ぶりです。

他にも、徹底した歯のケアによって、認知症状を改善させた患者さんが大勢いらっしゃいます。歯のケアによって認知症状が改善し、脳が若返ったのです!

認知症患者さんの治療には、薬物療法や非薬物療法(ご本人が興味を持っていることに挑戦してもらい脳と心を活性化する療法)などがありますが、歯のケアをすることで、薬も使わずたいした時間もかけずに、認知症状を緩和・改善できたことは、専門医である私にとって大きな驚きでした。

認知症患者さんに奇跡を起こしたのは、認知症専門医ではなく、歯医者さんや歯科衛生士さんが行うケアだったのです。