賃金停滞の主因は雇用制度ではなく、日本経済の弱さ
——従来の日本型雇用制度は賃金停滞に大きな影響を与えたと思いますか。
自著『日本経済のマーケットデザイン』(日本経済新聞出版社、上原裕美子訳)でも触れましたが、何らかの影響はあるでしょう。終身雇用制度の下では、企業は社員が定年まで勤め続けることを前提に、景気後退などの可能性に備えて正社員の賃上げを渋りがちです。いったん給与を上げてしまうと、何かあっても下げられないため、慎重になるのでしょう。
従来の日本型雇用制度が賃金停滞に何ら影響を及ぼしていないとは言いませんが、最も重要な要因だとは思いません。
もっと重要な要因は日本経済の弱さです。そして、第1回で説明したように、日本政府の政策トレンド(注:アベノミクス第3の矢である「成長戦略」下での大胆な規制緩和や、労働市場改革などの市場重視型改革)も大きく関係しています。
そして、日本のバブル崩壊後に始まった企業の賃金抑制モデルも大きな要因です。また、企業が正社員の賃上げを渋る背景には、政府の労働市場・コーポレートガバナンス改革で、いつでも非正規労働者を雇えるようになったという事情もあります。
日本企業は1990年代(後半以降)、賃金抑制に動き始めましたが、依然として、なかなか賃上げの方向に舵を切ろうとしません。
「ズバズバとクビを切る」米企業のデメリット
——教授は『日本経済のマーケットデザイン』の中で、日本政府が1990年代後半から労働規制を大幅に緩和し、非正規労働者の雇用をめぐる企業側の自由度を高める一方、数が減った正規労働者には長期雇用制度を維持していることに触れています。大胆な労働市場改革を進めながらも、「正規労働者を解雇しにくい点に変化はなかった」と。
そして、こう書いています。「日本の労働者解雇をめぐる規制は、本書全体の主張を例証するものだ。日本政府にとって、雇用主による労働者解雇の自由を本当に広げたいのなら、介入を減らすのではなく、増やす必要があった」と。つまり、裁判所の判例が企業慣行と社会規範を反映し、大企業に対して解雇よりも組織内での異動を促してきたことを考えると、労働者解雇のルールを変えるには、むしろ「政府の積極的な介入」が必要なのだ、と。
大企業が賃上げよりも正社員の「雇用の安定」を重視し、リスクを取らないことは、コロナ禍の影響など、不確実性が増す時代にあっては、逆にリスクとなりうるのでしょうか。大企業のベテラン男性社員の雇用が過度に守られるような、柔軟性に欠ける日本の労働市場が引き起こすリスクとは?
基本的に、雇用の保障・継続はいいことです。米国の企業はすぐにレイオフ(解雇)の大ナタを振りますが、私はそうした動きを支持しません。安定した雇用は企業の生産性にとっても、社会にとってもプラスです。失業は社会問題や犯罪を招き、家庭にも問題をもたらします。
(注:米国では、「レイオフ」は、季節労働者など一部のケースを除き、もはや「一時解雇」のことではなく、「永久解雇」を意味する)