日本人の給料が一向に上がらないのはなぜなのか。カリフォルニア大学バークレー校のスティーヴン・ヴォーゲル教授は「日本はバブル崩壊後のコスト削減をいまだに引きずっている。企業の利益が上がっているのに設備投資が横ばいであることからも見て取れる」という――。(取材・文=NY在住ジャーナリスト・肥田美佐子。第1回/全2回)
給与のイメージ
写真=iStock.com/Yusuke Ide
※写真はイメージです

日本の多くの構造改革は経済の活性化につながらなかった

——2018年に上梓された『日本経済のマーケットデザイン』(日本経済新聞出版社、上原裕美子訳)で、アベノミクスについて書いていますね。過去10年にわたって、日本の経済政策の屋台骨だったアベノミクスをどう評価しますか。

「3本の矢」に照らして見ると、まず、第1の矢である「金融緩和政策」は大成功を収めたと言ってもいいでしょう。政府は積極果敢なデフレ対策を講じ、経済再生の追い風になりました。

スティーヴン・ヴォーゲル教授
スティーヴン・ヴォーゲル教授

第2の矢である「財政刺激策」も適切な指針でした。日本経済は非常に低迷していたからです。ただ、さらなる財政出動も可能だったと思います。その点で、金融緩和政策に対する高評価と比べると、若干控えめな評価になります。日本が巨額の政府債務を抱えているのは確かですが、日本経済の弱さを考えると、まずは経済再生ありきであって、債務残高への懸念は二の次です。

そして、第3の矢(である「成長戦略」)ですが、米国や欧州の経済系メディアは、「第3の矢こそ、日本が最も必要としているものだ」と評しています。それは、(アメリカ型の自由市場モデルを目指した)大胆な規制緩和と市場重視型改革です。

でも、そうした従来の社会通念は2つの点で間違っています。まず、プラスになる改革を阻んできた原因だとみなされている日本国内の政治的制約を過大評価していることです。実のところ、こう着状態にある米国政治と比べると、日本政府は、かなり多くの改革を行ってきました。また、構造改革支持者が、構造改革による経済的利益を著しく過大評価している点も問題です。

つまり、日本は、かなり多くの構造改革を行ってきましたが、経済の活性化をもたらさなかったというのが私の見立てです。米自由市場型経済モデルの追随や、経済における政府の役割の縮小を目指す改革を行ったけれど、経済パフォーマンスの強化につながりませんでした。

政府介入のレベルを下げるのは逆効果

——コーポレートガバナンス改革などを謳った「第3の矢」を放っても産業構造改革はほとんど進まなかった、という見方もあります。

いえ、日本政府は非常に多くの改革を行いましたが、もっと活力のある、効果的で生産的な経済を構築できなかったため、国民は落胆しているのでしょう。でも、著書にも書きましたが、そうした結果は驚くに値しません。日本政府に必要なのは市場ガバナンスの改善であって、縮小ではないからです。政府介入のレベルを下げる構造改革は逆効果か、少なくとも、あまり恩恵がないように見えます。