その一方で、日本経済の長期的パフォーマンスの観点から見ると、彼の改革はプラスよりも悪影響のほうが大きかったと思います。とはいえ、小泉政権は、賃金停滞をもたらした一要因であり、主要因だったとは思いません。日本の賃金停滞は、何よりもまず低迷する経済の産物です。

人手不足にもかかわらず賃金上昇にシフトしない理由

1990年代(のバブル崩壊後)、日本の産業は過剰な人員などを削減しなければならず、それが賃金の押し下げ圧力になりました。とはいえ、日本の産業は2010年頃、人員過剰から人手不足にシフトしました。それでも、賃金が上がらないとすれば、いったいそれはなぜなのかという興味深い疑問が生じます。

人手が余っていたときは、企業が労働力を減らしたいわけですから、労働者間の競争もさほどないため、賃金が抑えられても驚くには当たりません。でも、人口が減り、人手不足になるのは明らかなのに賃金が上がらないのは不可解です。そもそも人員過剰から人手不足に転じる時期が大方の予想より遅かったのも、日本経済が停滞していたからです。

また、終身雇用や年功序列など、日本型雇用制度の特質も(賃金停滞の)一要因だとは思いますが、それだけではありません。かつて日本企業は(従業員研修など)生産性を上げるために今よりもっと働き手に投資していた、という事実が見落とされています。

新しい日本型モデルの下で、日本企業はリターンを高めるべく、労働コストを削減しました。でも、人手不足に転じたのですから、本来なら旧式モデルに立ち返り、賃金を引き上げて働き手への投資を増やし、生産性をアップさせるという「双方両得の解決策」を取ってもいいはずです。

そうした動きも若干見られましたが、それほどではありません。その理由として、日本企業は長年、いわゆる「再編モード」にあったため、慎重になっており、パラダイムシフトが難しいということが考えられます。

コロナ禍がなければ賃金は上がっていた

また、長年にわたって、日本経済が比較的低成長だったということも背景にあります。コロナ禍が景気の腰を折らなければ、日本経済が堅調に転じたあとに若干見られた賃上げの兆しが続いていたかどうかは、わかりません。

とはいえ、私の推測では、コロナ禍が起こらず、比較的好調な経済と人手不足が続いていたら、いずれ賃金が上がっていたのではないかと思います。

——日本企業は、かつてのように従業員に投資しなくなったのですね。

でも、経済の先行き次第では、日本企業も変心するでしょう。実際、米国では、賃上げの度合いが「クレイジー」と言えるほど、すごいことになっています。カフェやレストランは人を確保できないため、賃金で競っているのです。賃金を上げれば優秀な働き手が見つかり、時間はかかっても儲けが増えます。