設備投資が全く増えない日本企業

——「企業が内部留保をため込んでいる」という指摘もあります。そう思いますか。

はい、そのとおりです。まさにあなたの質問に答えるかのような、日本のコーポレートガバナンスに関する記事を書いたことがあります。2008年以降、日本企業の経常利益は増加していますが、国内設備投資は、ほぼ横ばいです。

そして、次が肝の部分ですが、ひるがえって会社が生み出した付加価値をどれだけ社員に還元しているかを示す労働分配率は、同期間(注:2008~15年初め)において低下しており、これはコーポレートガバナンス改革の時期と一致します。

同改革が賃金停滞の唯一の要因だ、と言っているわけではありません。ただ、トレンドを見ると、コーポレートガバナンス改革以降、企業の利益はアップしているのに設備投資は横ばい、労働分配率は下がっていることがわかります。

ビジネスマンと変化のない給与グラフを考えて
写真=iStock.com/takasuu
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——日本経済のマーケットデザイン』に、「日本政府は1990年代後半から労働規制を大幅に改革してきた。非正規労働者の雇用に関する企業側の自由度を高め、解雇以外の雇用調整の選択肢も増やすと共に、少なくなった正規労働者に長期雇用制度を維持している」というくだりがあります。一方、「正規雇用社員を解雇しにくい点に変化はなかった」とも書かれています。そうした日本特有の雇用制度について、どう思いますか。

従来の日本型雇用制度には大きな強みもあれば、大きな弱点もあります。

まず、強みは、長期勤続が前提のため、企業が従業員研修に投資することでした。企業と働き手の間には忠誠心があり、労使関係も比較的良好な協調関係にありました。日本の製造業が生産性の高さと高品質のモノづくりを誇っていた背景には、労使関係の良好さがあったのです。

日本型雇用の最大の弱点は「正規と非正規の格差」

一方、弱点は、長期雇用制度の安定が、著しく差別的な「2層構造」から成る雇用制度と結びついていた点でした。男性が大半を占める正社員と、女性が大勢の非正規労働者という2層構造です。両者の待遇には、給与や福利厚生、雇用の保障などの点で、実に大きな格差があります。

とはいえ、私は基本的に長期雇用制度を支持しています。日本が現在抱える問題を長期雇用制度のせいにするのはフェアではないと思います。労使が良好な協調関係の下で健全なコミュニケーションを構築し、雇用主は不必要なレイオフに二の足を踏む――こうした点は、どれもプラスのことばかりです。

日本に必要なのは、問題を解決して弱点を克服し、強みを維持することです。一方、先ほど話した1つ目の改革は、日本の強みを打ち砕き、弱点を放置するものでした。つまり、最悪のシナリオです。

ひるがえって2つ目の改革は、強みを維持し、弱点を克服できる可能性を秘めています。日本は、これを目指すべきです。人手不足は、正社員と非正規労働者の格差を埋める絶好のチャンスです。格差が小さくなれば、生産性が上がり、働き手の幸福感も増します。その結果、弱点を直し、強みを維持できるでしょう。

そのためには、長期雇用制度を破壊すべきではありません。働き方改革により、男性が圧倒的に多い正社員と女性が大半を占める非正規労働者の格差を縮小すべきです。同一同労同一賃金、適正な労働時間、テレワークなどの柔軟な働き方――。正社員を増やせば、生産性も上がります。

スティーヴン・ヴォーゲル
カリフォルニア大学バークレー校教授
政治経済学者。先進国、主に日本の政治経済が専門。プリンストン大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で博士号(政治学)を取得。ジャパン・タイムズの記者として東京で、フリージャーナリストとしてフランスで勤務した。著書に『Marketcraft: How Governments Make Markets Work』などがある。
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