日本の政策も企業活動も大いに変化してきました。私は1990年代から、こうした問題を研究し、『新・日本の時代―結実した穏やかな経済革命』(日本経済新聞出版、2006)も出しています。労働政策や規制、コーポレートガバナンス、会社法など、政府や企業部門は多くの改革や再編を行いました。
ただ、政府レベルでも企業レベルでも、プラスになる改革ばかりではありませんでした。要は、多くの変革がなされたとはいえ、すべてが良い変革というわけではなかったのです。
労働者を犠牲にして企業の利益を上げる改革
——長年にわたる賃金停滞は、そのことと関係がありますか。
もちろんです。その質問に答えるには、『日本経済のマーケットデザイン』で論じた労働市場改革やコーポレートガバナンス、産業政策、イノベーションなど、さまざまな改革を見直さねばなりません。でも、ここでは、賃金(停滞の原因)に関する、あなたの質問と最も密接な関係がある労働市場改革にフォーカスしましょう。
1990年代から第2次安倍政権が始まる2012年(末)頃まで、日本政府の改革傾向は主に規制緩和の方向に向かっていましたが、2014年以降、真の変革が訪れました。規制緩和から、働き方改革やウーマノミクスへと移行したのです。では、この2つの路線の違いは何か――。
1つ目は規制を緩め、労働コストを削減しようとするもので、2つ目は規制を改善し、労働生産性の向上を目指すものです。また、前者は政府の役割縮小を図り、後者は政府の役割を変えようとするものです。さらに言えば、1つ目は労働者を犠牲にして企業の利益を上げるという、利益増と賃金引き下げを図った改革であり、2つ目は企業の利益と賃金の双方を改善しようとする改革です。
つまり、日本は、賃金や福利厚生などの労働コストを減らすことで利益増を目指す「ゼロサム改革」から、労働時間削減と生産性アップという、(労働者と企業の)双方にとってプラスになる「ウィンウィン改革」に転換したのです。
2つ目の改革はまだ結果が出ていないので、必要以上に称賛したくはありませんが、良い変革です。生産性アップの一手段として、女性がキャリアと家庭を両立させやすいよう勤務形態のフレキシビリティーを高めることや、正社員と派遣労働者の格差を減らすこともウィンウィン(双方両得)の改革です。
このように、ひと口に変革と言っても、悪いマーケットクラフト(市場策定・創出)と良いマーケットクラフトがあります。2つ目の改革は、政府と企業がどのように実行するかによるため、概念的にはスコア(評価)Aでも、実践面ではBやCがつくかもしれませんが、1つ目の改革よりははるかに優れていると思います。
(注:『日本経済のマーケットデザイン』の原書タイトルは『Marketcraft』<マーケットクラフト>)