「多発性硬化症」の研究で現れた意外な結果

多発性硬化症は、脳と脊髄の神経細胞の髄鞘が障害されて、視力や運動能力や認知機能など、さまざまなところに症状が現れる難病だ。髄鞘というのは電線を覆う絶縁体のカバーのようなもので、神経細胞を覆って情報伝達の効率を高めている。これが障害を受けると、神経回路による情報伝達がうまくいかなくなる。害を受けた髄鞘の場所や神経回路によって、症状も多彩になる。発症の原因は完全には分かっていないが、自己を攻撃してしまう免疫細胞が何らかの原因で生じて脳や脊髄に入り込んでしまったせいであることが、遺伝的な解析から分かっている。

免疫細胞は、ウイルスや細菌などの異物と闘うが、そのためには敵と味方をきちんと見分ける必要がある。だが、何らかの原因で自分の細胞や臓器を敵だと認識して攻撃してしまう免疫細胞が誕生してしまうことがある。そのような自己に反応する免疫細胞が原因で引き起こされる疾患群が「自己免疫疾患」で、多発性硬化症もその一つである。

「私たちは、自己の髄鞘を攻撃する免疫細胞をマウスの静脈に注射することで、多発性硬化症のモデルマウスを作製しました。自己反応性免疫細胞を入れてから1週間ほどで弱い麻痺などの症状が認められ、2週間で完全に病態が現れました。しかし、これはよく考えると、今までの常識を覆す意外な結果だったのです」

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血管中の免疫細胞は脳や脊髄に入れないはずだ

村上氏が意外な結果だと話すのは、本来、脳や脊髄には、血管中の免疫細胞は入れないはずだからである。全身の細胞は、血管を通して必要なものを取り込んだり排出したりしている。そのために血管の壁は適度にゆるみ、物質を通す仕様になっている。しかし、中枢神経(脳と脊髄)周りの血管は例外的で、血液脳関門と呼ばれる緊密な構造になっている。大事な中枢神経を守るために、血管壁の内側の細胞が密着しており、大きな分子が通れないのだ。免疫細胞も通り抜けできないはずだった。

「マウスに麻痺が起きたということは、脳や脊髄で、血管中の免疫細胞が集まって炎症が起きていることを意味します。血液脳関門があるので、血管に注射された免疫細胞は脳や脊髄には入らないはずなのに、なぜそれが起きたのか。どこかに入口があるのではないかと思って、詳しく調べることにしました」