「第5腰髄」に入口が形成されていた

処置を施し、病態を発症する前のマウスの組織を詳しく調べ、注射した免疫細胞がどこにあるのかを解析した。すると、マウスの脊髄のある場所だけに目印である蛍光が光っていた。自己反応性免疫細胞は、背骨の下側の第5腰髄と呼ばれる場所の血管の周囲に集まっていたのだ。

この結果から、血液中に存在する自己反応性免疫細胞の入口が、何らかの原因で第5腰髄の血管にできてしまったのではないか、と村上氏は考えた。

「第5腰髄の横にある神経節は、脚のふくらはぎの裏側にあるヒラメ筋からの刺激を受けます。ヒラメ筋は地球の重力に対して姿勢を保つために働く筋肉で、それは人間でもマウスでも同じです。そこでマウスの尻尾を器具で吊って、ヒラメ筋に重力がかからないで生活できる状態を意図的につくり出し、自己反応性の免疫細胞を血液中に投与しました。すると、今度は第5腰髄には入口が形成されず、その部分の脳脊髄炎の発症も抑えられました」

ふくらはぎにワークアウト
写真=iStock.com/mediaphotos
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他にもいくつかの実験を重ね、村上氏はこの現象を次のようなメカニズムで説明した。

「ヒラメ筋は、重力に対抗する姿勢をとると緊張状態になります。それにより感覚神経が活性化し、その刺激は、第5腰髄横の神経節に伝えられます。その影響で、その近くの第5腰髄の交感神経も活性化します。この交感神経の活性化が、第5腰髄の背中側にある血管の免疫反応の過剰な活性化を引き起こし、入口が形成されると考えています」

上腕三頭筋への電気刺激で、違う場所に入口ができた

特定の感覚神経に入力された刺激をきっかけに、特定の血管に入口ができて、本来侵入しないはずの血液中の免疫細胞が組織に侵入する。

この現象を「ゲートウェイ反射」と名付けた。「ゲートウェイ(Gateway)」とは、このときつくられる入口のことを指す。この成果は2012年に自然科学のトップジャーナルの一つである米国科学誌『セル』に掲載された。

この研究にはスケールの大きなおまけがある。重力の効果をさらに確かめるために、自己反応性免疫細胞を注射されたマウスは宇宙に旅立った。2019年にJAXAとNASAとの共同研究で、無重力状態でゲートウェイ反射がどうなるのかを調べたのである。地上では尻尾を吊って無重力を模擬して実験を行ったが、それでは他の筋肉に力がかかっている影響を排除することはできないからだ。マウスは1カ月後に無事帰還し、解析したところ、重力の影響がない宇宙では、第5腰髄の入口はつくられなかったことが分かった。

さらに、重力以外の刺激でもゲートウェイ反射が起こるのではないかと村上氏は考え、実験を続けた。脚を吊ったマウスの上腕三頭筋を電気刺激すると、今度は第3頸髄から第3胸髄に入口が形成された。重力刺激とは違う場所だ。

また、痛み刺激や網膜への光刺激によっても、それぞれ違う場所に入口がつくられた。