こうした状況下で、2015年には母乳が十分に出ないことに悩む女性に、安全性が確保されていない母乳をインターネット上で売る業者がいることが報道されて問題になりました。毎日新聞の記者が手に入れた「母乳」は、少量の母乳を水で薄め、粉ミルクで補ったものでした。50mlが5000円の価格で、細菌が通常の1000倍混入していたそうです(毎日新聞「<記者の目>偽母乳 ネット販売問題」2015年9月15日)。その後、厚生労働省が、インターネット等で販売される母乳に関する注意喚起を行っています。

安全性が担保されていない母乳を手に入れようとするほど、思い詰めるお母さんもいるのです。どんなに努力したとしても、十分な母乳が出ない女性がいるということは案外知られていません。そして「母としての自覚があれば母乳が出る」、「睡眠時間を削ったり、痛みに耐えたり、つらい思いをしても母なら当然だ」という間違った考えがお母さんたちを追い詰めているのです。

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母乳量が足りないなら、育児用ミルクなどを与えるべき

極端な母乳育児の推進には、もう一つ大きな問題があります。じつは「母乳育児成功のための10か条」の発表以降、「高ナトリウム血症」や「低血糖脳症」の報告が増えたのです(大橋敦他「日本小児科学会雑誌」2013 117(9)p1478-1482)。

母乳量が足りず、赤ちゃんが「脱水」や「高ナトリウム血症」になると、「播種はしゅ性血管内凝固症候群」「脳浮腫」「けいれん」「腎不全」「頭蓋内出血」「血栓塞栓症」「低血糖脳症」などの致死的合併症が起こったり、神経学的後遺症が残ったりすることがあります。また、ささいなことで不機嫌になったり(易刺激性)、傾眠や無呼吸発作、低体温などの急性症状が生じたり、発達障害や失明(皮質盲)などの後遺症が残ったりすることも。

ですから医療者は、お母さんの母乳が十分に出ていないときには赤ちゃんの状態を把握し、必要があればただちに早期新生児には水か育児用ミルク、それ以降の子には育児用ミルクを与えるべきです。

ところが、母乳育児を熱心に推進する一部の医療機関では、小児科医の「育児用ミルクを足すように」などという指示が実行されないことがあります。産婦人科の新生児室にいる生まれたばかりの子は常に全身状態をチェックされますが、よく黄疸が出ることがあります。そういった際には、小児科医が光線療法や哺乳量を増やすこと、直接母乳が飲めないなら育児用ミルクを何ml与えるようにと指示を出します。黄疸だけでなく前述のような深刻な状況になる危険性があるからです。しかし10か条を厳格に守ろうとするあまり、母乳以外のものを与えないと、赤ちゃんが危険にさらされてしまうのです。