ホワイトカラーの「みじめだ」という嘆き

グローバル市場が巨大化し、複雑化するにつれて、さまざまな国籍の文化的・歴史的・宗教的に多様な市場参加者の利害が交錯し、「管理職」の役割はますます重要になると同時に細分化されていきます。その結果皮肉なことに、誰のためになんの仕事をしているのかわからなくなってしまうのです。業務にかかわる膨大な契約の一部に携わるコーポレート・ロイヤーなどは、その典型でしょう。

このように考えれば、「この世界になにひとつ貢献しておらず、とてつもなくみじめだ」という嘆きの意味がわかります。しかしそれでもこの仕事は必要であり、だからこそ高い報酬が支払われるのです。

ムダな会議が永遠になくならない理由

こうした事情は、日本のサラリーマンにはよくわかるでしょう。大手企業では業務全体に占める会議の割合は20%ちかくにもなるとのデータがあり、経営者は「ムダな会議をやめろ」と号令をかけますが、それでも一向に減りません。

橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)

これはブルシットジョブそのものですが、しかし会議をやめてしまうと部門間の調整などがうまくいかず、業務が滞ってしまうからまた復活するのです。「資本主義の陰謀」で無意味な仕事がつくりだされているのではなく、周囲だけでなく本人ですら「無意味」と思っている仕事にも、なくなってしまうと困る理由があるから存在しているのです(たぶん)。

グレーバーはアナキストなので、ホワイトカラーの仕事の多くは「ブルシット」だが、世間一般で「ブルシット」と思われるバスの運転手や看護師、清掃係は直接的に社会に貢献している「エッセンシャルジョブ」だといいます。たしかにそうかもしれませんが、問題なのは、こうした仕事が(訓練を受ければ)多くのひとが従事できることです。

それに対して、いくら「ブルシット」でもコーポレート・ロイヤーになるには高度な資格が必要になります。この需要と供給の法則によって、「社会に貢献している仕事が低賃金で、なにも貢献していない(と本人が思っている)仕事は高報酬」ということになるのです。

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