さらに母后は、ハレムの外にもその影響力をおよぼした。そのさい、ハレム外における彼女の代理人となったのが、母后用人である。宮廷外の役職であるから、これは男性が務めた。彼は、情報収集、物品の購入、収入の管理、母后が設定した宗教寄進にかかわる仕事など、宮廷外の任務の責任者であった。

小笠原弘幸『ハレム:女官と宦官たちの世界』(新潮選書)

母后の権力にふさわしく、母后用人も大きな影響力を持ち、かつその待遇や利権も、群を抜くものだった。とくに、セリム三世の母ミフリシャーの母后用人であったユスフ・アアは、莫大ばくだいな蓄財をして「当代のクロイソス王」と呼ばれた。クロイソスとは、古代のリュディア王国の君主であり、イスラム世界においても西洋においても、富者の代名詞として用いられる人物であった。

母后用人が母后の「右腕」だとすれば、その「左腕」となったのは、母后勘定役である。こちらも母后用人と同様、宮廷外の役職であり、男性が務めた。母后にかかわる会計の責任者である彼は、母后に属する収入と支出を管理した。母后は、ハレムの女性たちのなかでトップクラスの給金を得ている。

はじめは女奴隷でも権勢をふるう存在になれた

しかし、彼女の富の源泉は、給金だけではなく、宮廷の外にもあった。徴税請負や農園、あるいは賃貸収入である。母后勘定役は、こうした収入を管理するとともに、宝石や衣服などの奢侈品を含めた膨大な消費活動を支えたのである。

母后には、彼ら以外にも直属の男性の部下たちが仕え、珈琲係、小船係、馬車係などハレムの外で行われるさまざまな役割をこなした。母后専属の宦官たちもおり、その長は母后の宦官頭であった。もちろん、ハレムのすべての宦官を統括する黒人宦官長も、母后の強力なパートナーだった。

こうした配下たちを通じて、母后はハレムの内外にその権勢をふるったのである。

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