「NATOに近づいたウクライナが悪い」論の出どころ
憲法9条をめぐるイデオロギー闘争において、いわゆる護憲派が国際法を警戒し、「憲法優位説」を声高に主張し、国際法の地位をおとしめるような画策を多々行ってきた。その弊害が、日本社会に鬱積している。しかし国際社会の秩序を保っているのは、憲法9条ではなく、国際法だ。日本人は、この機会に、その当然の事実を、あらためてよく認識すべきだ。
日本では国会においてすら「戦争の責任はウクライナにもある、日本は喧嘩両成敗でやるべきだ」、といったことを公然と述べる者がいる。国際法蔑視の偏見に浸りきっているので、国際法秩序を無視する態度の深刻さがわかっていないのだろう。
それら国際法蔑視者がしばしば口にするのは、「ウクライナは緩衝地帯だ、だからNATOに近づいたウクライナが悪い」、といった考え方である。独立主権国家であるウクライナが独自の外交政策をとることを公然と非難する態度が全く論外なのだが、いずれにせよこれらの国際法蔑視者が依拠しているのは「ロシアは大国なので自国の影響圏を持つのが当然だ」といった考え方である。
地政学的な観点から見たウクライナ侵攻の意味
この「地政学」の見取り図は、第二の論点となる。プーチン大統領にも影響を与えたと言われるロシアの地政学者のドゥーギンによれば、そもそもウクライナはロシアの一部である。それ以外の諸国に対しても、スラヴ人やギリシア正教会の信者がいる地域であれば特に、ロシアが自らの影響圏に取り込んで従えていくのが当然だ、とドゥーギンは主張している。
ドゥーギンの地政学は、ナチス・ドイツに影響を与えたドイツの地政学者カール・ハウスホーファーに近いとされる。ハウスホーファーは、世界を四つの影響圏に分け、それぞれをソ連、ドイツ、アメリカ、日本が盟主として管理していくのが、地政学から見て自然だと信じていた。
これは実はアメリカの西半球世界における卓越した力による「モンロー・ドクトリン」に触発されているのだが、ナチスの「生存圏」の思想や、大日本帝国の「大東亜共栄圏」にも連なる地政学理論である。ハウスホーファーは、日独同盟の熱心な推奨者だったが、影響圏が確立されることによって世界はむしろ安定すると信じていた。
この思想は、現代国際法秩序と相いれない。だが隠然とした影響力を持っており、プーチン大統領が、ウクライナはロシアの一部だ、東欧諸国を加盟国にしたNATOが悪い、ただしアメリカが極悪なのでドイツとは仲良くやってもよい……、といった態度をとるのも、ハウスホーファー/ドゥーギン流の地政学の考え方が背景にあるからだと言える。