ロシアの「影響圏」とNATOの根本的な違い

現代国際社会は、民族自決(国連憲章第1条2項)の原則に基づいた主権国家の独立を大原則にしている。したがってそもそも「ドゥーギン地政学を受け入れた外交政策をとれ」とウクライナに要請すること自体が間違っている。

ただし確かに現実には、世界に200近くある独立主権国家の全てが自分の力だけで自国の安全保障を確保できるわけではない。むしろ逆だろう。そこで主権国家の独立と、現実の安全保障の整備を両立させるために、国連憲章51条は集団的自衛権を定め、憲章8章で地域組織の役割も強調している。つまり独立主権国家が、自らの判断で、他の諸国と地域組織を作り、それを通じて安全保障を図ることを認めている。

NATOは人類史上最も成功した軍事同盟組織と言われることもある。発足以来70年以上にわたって、NATO同盟諸国の間で武力紛争を起こしておらず、域外の国家からの攻撃も許していない。冷戦終焉しゅうえん後にソ連の影響圏から離脱した東欧諸国が、NATOへの加入を渇望したのは、当然であった。

国際法蔑視論者は、ロシアの「影響圏」も、NATOの同盟網も、同じようなものだと考えているようだが、全く違う。前者は国際法上の根拠がなく、後者は国際法に合致している。前者は主権国家の独立を否定するものだが、後者は主権国家の独立を前提にしたものである。

対立する2つの地政学

確かにNATOも、地政学的な考え方に依拠していないわけではない。ただしそれは全く違う地政学の伝統である。イギリスのハルフォード・マッキンダーや、アメリカのニコラス・スパイクマンは、地理的条件から、世界の諸国は「海洋国家」と「陸上国家」に分類されると考えた。ロシアを典型とする「陸上国家」は、海に向かって膨張する傾向を持つ。イギリスやアメリカなどの「海洋国家」は、それを封じ込めようとする。このせめぎあいが、歴史を動かす国際政治の基本構造だと考えた。

この考え方からすると、海洋国家連合であるNATOは、本質的に陸上国家の雄であるロシアを封じ込める性質を持つ。ロシアはそれを息苦しく感じるだろう。そもそもハウスホーファーの地政学に従えば、アメリカは西半球の雄としての地位だけに甘んじていればよかった。したがってアメリカがヨーロッパ諸国の安全の保障者となる仕組みを持つNATOをめぐる争いは、マッキンダー/スパイクマン地政学と、ハウスホーファー/ドゥーギン地政学の間の争いである。