ナチスの強制収容所を生き抜いてなお「健康」な人々

健康社会学は、人と環境の関わり方に注目し、人の幸福感や生きる力を研究する学問である。心理学が「個人」が強くなれることを前提にしているのに対し、健康社会学は「人は環境で作られ、人は環境を変えることもできる」ことを前提にする。

1960年代、アントノフスキーは、ユダヤ大虐殺の生存者を対象に行った大規模調査で、極限のストレスを経験しながら、心身の健康を守ることができているばかりか、その経験を人間的な成長や発達のかてにしている人々に出会った。

ナチスの強制収容所に収容された人々は、財産を奪われ、家族から引き離されて家畜同様の扱いを受け、満足な食事も与えられず、極寒の中で過酷な肉体労働を強いられた。まさに耐え難い環境であった。調査対象者の多くは、戦争が終わり、収容所から解放されたあとも難民生活を送り、その後、三度にわたる中東戦争まで経験していた。

アントノフスキーは、「こんな経験をした人たちが、正気でいられるわけがない。心に深い傷を負い、社会に適応はできない」という仮説のもと調査を実施した。

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実際、7割の人が不適応状態にあり、心身の不調を訴え、うつ傾向を示し、中にはひたすら死を待っているような人もいた。ところがその一方で、29%もの人たちが社会にうまく適応し、心の健康を維持していたのである。しかも驚くことに、口々に「強制収容所の経験は自分の人生には必要なもので、意味ある経験だった」と語ったという。

「世界は最終的に微笑んでくれる」という確信

なぜ、元気でいられたのか?

なぜ、過酷な経験を振り返って「意味がある」などと言えたのか?

もしかすると、人間には困難をパワーに変えてしまう力があるのではないか?

ならば、「前向きに生きている人」に共通する特性とはいったい何か?

このような“健康の謎”に惹きつけられたアントノフスキーは、10年以上の歳月をかけてさらなるインタビュー調査を行った。そうしてたどり着いたものが、前述の「SOC(首尾一貫感覚)」だったのだ。

人間には「自分を取り巻く環境との相互作用」で高められる力があり、それは危機でこそ引き出される不思議な力だとして、「健康と健康破綻はたんは連続体上に存在する」とする新しい考え方「健康生成論」を提唱し、SOCをその中核概念に据えた。

SOCといっても、日本のみなさんにはピンと来ないかもしれない。私の言葉で日本語的にごくわかりやすく表現すれば、「世界は最終的に微笑んでくれるという確信」だと考えている。