LGBTQのタレントやモデルを起用しなかったブランドの顛末

ここで、ちょっと悪いケースですが、ヴィクトリアズ・シークレットの事例を紹介しましょう。

同社は高級女性下着メーカーで、毎年、派手なショーをテレビで中継したりして、話題をつくってきた会社です。

しかし、2018年に同社の幹部のひとりが、ショーにLGBTQのタレントやモデルを起用しないということを発言して大問題となりました。大変なスキャンダルとして、ニュースで取り上げられたこともあり、みなさんの記憶にも新しいと思います。

その下着がいかに、高級で素晴らしいデザインであったとしても、幹部の思想や振る舞いに差別的な視線があったことで、不買運動にまで発展してしまったのです。そして、その直後、同社の株価が半減する事態に陥りました。

ちなみに、私は、たまたま見たネットフリックスのドキュメンタリーで、かの「児童売春」で有罪となったジェフリー・エプスタインが、一時期、ヴィクトリアズ・シークレットの幹部だったという話を知り、さらにゾッとしました。

対照的に、先述したリアーナは、当時、ヴィクトリアズ・シークレットの顛末を意識して、彼女らしく、インクルーシブな視点を大事にした下着のブランド「Savage X Fenty」を立ち上げることを宣言し、大きな共感を集めました。

面白いことに、このリアーナの立ち上げた下着ブランドの「Savage X Fenty」のショーに、これまでヴィクトリアズ・シークレットのショーに出ていたモデルたちが、一斉に出演したのです。

もちろん、下着そのもののデザインに関する好みや機能性の違いはあるかもしれませんが、「一連の顛末を見て、あなたはどっちのブランドを支持しますか」と問われた時、圧倒的にリアーナのブランドに支持が集まるのは想像に難くありません。

写真=iStock.com/Pollyana Ventura
※写真はイメージです

リアーナは、さまざまな体型の人にも似合うサイズの下着をつくり、「包摂性の高いブランド」を通して、未来への約束を人々と結ぶことができたのです。考え方、行動、プロダクト、これらすべてに一貫性があることが、ブランドにとって非常に重要なのです。

共感を得られる「マスニッチ」の事例

最近、「今までのようにモノが売れない」という声をよく聞くようになりました。

それもそうです。市場が成熟し、モノやサービスが溢れている中で「まだ行き渡っていないけれど、『みんなが欲しい何か』がある」という考え自体が幻想に近いのです。

一方で、局所的にはモノが売れている市場もあります。先ほど紹介したリアーナのブランドはもちろん、こだわりの強いハイブランドの製品はなかなか手に入りにくいですし、ヨーロッパで流行っている競技用のe-bikeなどは、あまりの人気で購入までに1年以上待たなければなりません(2021年10月現在)。

私個人でいえば、京都にあるサンガインセンスというお香のD2Cブランドからラベンダーの香りの線香を購入しようとしていたのですが、見るたびに売り切れていて、一時期、なかなか手に入らないこともありました。

グローバルのマーケティングの世界では、こういった局所的にモノが売れる現象を、よく「マスニッチ」という言葉で説明しています。

これは、一見ニッチなインサイトでしかないけれど、よくよく掘り下げてみると、意外にも「実は、私も気になっていたんだよね」と多くの人からも共感を得られるという意味合いで使われるマーケティングの用語です。

例えば、米国に「Modern Elder Academy」という、離婚をしたり、仕事を失ったりと、人生の難しさや苦さを味わっているような、「中年の危機」に悩む大人向けの研修サービスがあります。

つらい経験をしている人たち同士が集まって、お互いに悩みを語り合うことで、一緒につらさを乗り越えていこうとする試みです。

当初は、相当ニッチなサービスだと想定して開始したそうなのですが、蓋を開けてみると、実は、多くの人が「そういう場こそ、求めていた」ということで、思わぬ反響があったそうです。まさに、マスニッチの事例と言えます。