市民教育という名のプロパガンダ
DNAサンプルを採取された数日後にガーさんがふたたび戸口に現われた、とメイセムは続けて説明した。
「地区の警察が、不審な動きを察知したそうです」とガーさんは言った。
「“不審な動き”ってどういう意味ですか?」とメイセムは言い返した。「わたしはただの学生ですよ」
「わたしからこれ以上お伝えすることはありません。地区の警察署に出頭してください」
警察も同じように不親切だった。メイセムが椅子に坐ると、机の反対側にいる公安部の役人が書類をぺらぺらとめくり、コンピューター画面に映る医療データと生活記録をたしかめた。
「海外への渡航経験がある」と役人は言った。「留学していたんですね。具体的には、何を勉強しているんでしたっけ?」
「社会科学です」
メイセムは、渡された用紙に必要事項を書き込むよう指示を受けた。
「自身の宗教的習慣、移動、パスポートの入手方法と時期、26の要注意国への渡航経験などを尋ねるものでした。まさに、プライバシー侵害だらけの国勢調査でした」
公安部の役人はメイセムに言った。「市民教育のクラスに参加してもらいます。さらに週に2回、署に出頭してください。もし出頭を怠れば、あなたのことをさらにくわしく調べなくてはいけなくなる。集中してしっかり勉強すれば、なんの問題もありませんから安心してください。そのあと、トルコに戻って大学院の勉強を続けることができますよ」
「わたしはすでに大学院で勉強をしているんですよ」とメイセムは反論した。「どうしてそんなバカげたプロパガンダの授業を受けなくちゃいけないんですか?」