中国政府はどのようにしてウイグル人を監視しているのか。アメリカ人ジャーナリストのジェフリー・ケインさんは「近所の人に相互監視をさせて、少しでも異常な行動をとれば密告される。街の至る所に設置されたカメラでも監視されている」という――。(第2回)

※本稿は、ジェフリー・ケイン、濱野大道訳『AI監獄ウイグル』(新潮社)の一部を再編集したものです。

中国の警察官
写真=iStock.com/Gwengoat
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胃腸炎で日課の散歩を休んだだけで「通報」

2015年夏、ウイグル出身のメイセムは一時帰国してからトルコに戻り、大学院での社会科学の研究を続けた。アルバイトをしていたせいで、通常の2年よりも修士号取得に長い時間がかかった。トルコにいるあいだ微信(WeChat)経由で友人からときどき噂話を聞く以外、母国での動きにはほとんど注意を払っていなかった。

翌2016年6月、夏休みになるとメイセムはまた故郷カシュガルに戻った。そして胃腸炎にかかって家で寝込んでいたある朝、ノック音が聞こえたので扉を開けた。外に立っていたのは、彼女が「ガーさん」と呼ぶ女性だった。

「近所の人たちから、あなたについて通報がありました」とガーさんは告げた。

「通報」されるのは、けっして良い知らせではないとメイセムはわかっていた。

「あなたが今朝の9時にいつもの散歩に出かけなかった、と近所の人たちが言っていますが」とガーさんは続けた。「行動の変化についての理由は?」。ここ数日メイセムが不規則な行動をとったことについて、彼女は問題視しているようだった。いつもの時間に家を出ず、日課にしたがわず、やるべきことをやらなかったのはなぜか?

「胃腸炎にかかったので、家で休んでいるんです」
「胃腸炎にかかったことを証明する書類を提出していただけますか?」

「熱があるんですけど……」とメイセムは言いかけたものの、医者の診断書が必要だとわかっていた。彼女はしぶしぶながら、診断書をもらってくるとガーさんに約束した。その日のうちにメイセムは病院に行き、診断書を警察に提出した。

プライバシーの侵害でもなすすべなし

当時の新疆しんきょうウイグル自治区では、各家庭が10世帯ごとのグループに分けて管理されていた。グループ内の住民は互いに監視し合い、訪問者の出入りや友人・家族の日々の行動を記録することを求められた。これは封建時代の中国の「保甲制度」にもとづくやり方で、かつてはこのような住宅の集団が違反行為の取り締まりや税金の徴収を担っていた。

ガーさんは、10世帯のユニットの班長として最近になって派遣されてきた礼儀正しい女性だった。彼女は毎晩それぞれの家をまわって扉をノックし、日々の行動について報告させ、隣人の行動に変わったことがないか尋ねた。

ガーさんの質問はあからさまなプライバシー侵害行為だった。が、彼女はただ指示どおりに仕事しているだけだとメイセムの家族はあきらめるしかなかった。

日課の質問を終えるとガーさんは、回答を書き留めて当局に報告した。数週間後の2016年7月はじめになると、彼女はQRコードのスキャンをはじめた。そのころから、各世帯の個人情報が含まれるQRコードがマンションの玄関ドアの外側に貼られるようになったのだ。

家のチェックを終え、問題がないと判断した場合、ガーさんはそのQRコードをスキャンした。つぎに彼女は隣の部屋に行って同じプロセスを繰り返し、10世帯すべてのチェックを終えるとまた地元当局に報告する。2014年から2018年にかけて政府は、ガーさんのような党幹部20万人を新疆ウイグル自治区に送り込み、住民を監視させ、政治的なプロパガンダを広めようとした。

「共同体を取り締まる方法としては、じつに効果的でした」とメイセムは言った。「全員が監視人に変わるんです。その日に何か変わったことが起きたのに、わたしがガーさんに報告しなかったとします。でも隣人がそのことを報告した場合、わたしの信用度が下がります。政府にも、怪しい人間だと思われてしまう」

この地域自警システムは、当局が全住民についてのデータを集めるのに役立った。すぐに政府は、それぞれの住人を社会ランキングの3つのカテゴリーのどれかに振り分けていった──「信用できる」「ふつう」「信用できない」。信用できないと判断された人々は、警察に拘束されることもあれば、就職や大学進学で不利な扱いを受けることもあった。