イスラム教の国へ留学すると「家の居間にカメラを設置」

数日後、このうえなく親切なガーさんがまた扉をノックし、メイセムの家の居間に政府のカメラを設置する必要があると説明した。

「ご不便をおかけしてほんとうに申しわけありません」とガーさんは丁寧に言った。「でもこの決定については、わたしにはどうすることもできないんです。あなたの家で何か怪しいことが行なわれている、と地元の警察から通知があったものですから」

ガーさんから手渡された1枚の紙には、当局の支援を受けて監視カメラを設置する方法が書かれていた。メイセムと家族は、この命令が下された理由をはっきりと認識していた。メイセムは海外に留学中だった。さらに留学先はイスラム教の国だ。そのせいで彼女が“容疑者”とみなされたのだ。2015年のある時点で中国政府は、アフガニスタン、シリア、イラクなどの国が含まれる「26の要注意国」の公式リストにトルコを指定することを決めていた。

「自分は“信用できない”と判断されたんじゃないか、政府はわたしをもう信用していないんじゃないかと不安になりました」とメイセムは言った。「政府は、わたしがトルコと中国を行き来していることを知っていた。それで、わたしを信用できないと考えたにちがいありません」

彼女の直感は正しかった。ガーさんは、政府が定めた「信用できる」の基準をメイセムが満たしていないようだと説明した。カメラを設置して信用できる人間だと示さなくてはいけない、と。

「選択の余地などありませんでした」とメイセムは振り返った。「わたしたちにできることなんてなかった。当局に抵抗すれば、逮捕されるだけですから。みんながみんなを監視して、密告し合っていた。誰も信用なんてできません。わたしたちは地元の電気店に行って、適切なカメラを探しました」

電気店に行ってみると、多くの店で品切れ状態になっていることがわかった。最近のおもな顧客である警察が、あらゆる製品を買い占めていたのだ。適切なカメラを見つけるのは簡単ではなかったが、一家はやっとのことで見つけだした。

写真=iStock.com/nuttiwut rodbangpong
※写真はイメージです

居間では意味深な会話ができなくなった

購入後、技術者が家にやってきて、壁に埋め込まれたプラスチック製のケースのなかにカメラを設置した。そのためカメラを勝手にいじったり、電源を切ったりすることはできなかった。居間だけでなく、小さなマンションの広い範囲が映り込んだ。くわえて、音声も記録された。

「お母さんとわたしにとって、それは絶望的なことでした」とメイセムは言った。「むかしから家はわたしたちみんなにとって、望むことはなんでもできる場所だった。個人的な場所であり、プライバシーが守られる場所でした。本を読み、会話し、本音を語ることのできる場所だった」

メイセムと母親は居間を使いつづけた。しかし、いつものように本を並べたり、文学や世界情勢についての率直な議論をしたりするのは避けた。

「わたしたちは手ぶらで居間の椅子に坐り、ただ紅茶を飲みました。もちろん、意味深なことは何も言わないように心がけました」