余裕を失った結果、自己責任社会に

本来、介護は、高齢者の命を預かり、たくさんの人の暮らしを支える尊敬される仕事だったはずです。介護施設は、保育園と同じです。保育園があるから、親世代は安心して仕事ができる。

でも、現実には介護施設を利用できずに、離職せざるをえない人たちも少なくない。

撮影=宇佐美雅浩
相場英雄さん

――老老介護で追い詰められて、殺人に発展する事件も起きていますね。

日本は、いつからこんなに余裕がなく、すさんだ社会になってしまったんでしょうね。

社会に余裕があれば、人はゆとりを持って生きられる。困っている人や弱い立場の人を思いやれる。でも、日本が貧しくなり、人々からゆとりを奪ってしまった。菅前首相が語ったような、国民一人ひとりが自助で生きていくしかない社会になってしまった。

――非正規労働者、技能実習生、そして高齢化と介護……。相場さんはさまざまな社会問題を作品にしてきましたが、いつから日本社会がすさんでしまったと感じますか。

きっかけは、2001年からの小泉内閣時代でしょうね。労働者派遣法が改正されて、潮目が変わりました。新自由主義がうまくいき経済成長できれば、また違ったのでしょうが、経済が縮小して格差が広がった。その結果、社会から余裕を奪って、事あるごとに個々の自己責任を問う風潮が強くなった。

コロナ禍では弱者から先に被害を受けた

そこに新型コロナです。

新型コロナは、立場の弱い人から先にダメージを与えました。たとえば僕らがかつて経験したバブル崩壊やリーマンショックのような経済危機は、金融機関や大企業が立ちゆかなくなり、徐々に国民全体に影響を与えていった。

相場英雄『マンモスの抜け殻』(文藝春秋)

でも、コロナ禍では、企業の業績が悪化した途端に、非正規や派遣が真っ先に切られた。彼らが生き延びるために何をやったかと言えば、ウーバーイーツ。あるいは、Amazonの配送の個人請負です。コロナが流行してから、マクドナルドの前には「マック地蔵」と呼ばれるウーバーイーツの宅配員が待機するようになりました。日本人だけではなく、仕事を失った外国人の姿も珍しくない。

ギグワーカーと言えば聞こえはいいけど、要は日雇いです。しかもみな激しい生存競争にさらされている。

次の小説の取材で「日雇いの町」として知られる大阪の西成や横浜の寿町について調べていたんですが、日本中が日雇いの町になってしまったと感じました。

僕には、日本が「日雇い国家」あるいは「国民総日雇い化」と呼んでもいい社会に向かっているようにしか思えないんですよ。

(聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川 徹)
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