生活に困窮する人は、なぜその状況から抜け出せないのか。ノンフィクション作家の吉川ばんびさんは「彼らは目の前の生活に精いっぱい。だから問題解決のためのアクションを起こすことができない」という——。
下を向いて座っている人
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たとえるなら「漏れる寸前なのにトイレが見つからない状態」

5年ほど前まで、司法書士事務所で債務整理の仕事をしていた。そのため現在にいたるまでに数千件以上の借金や生活苦の相談に乗ってきたが、経験を積み重ねるうち、彼ら彼女がどういった精神状況にあるか、どういった思考回路のパターンに陥りがちかなど、次第にその傾向の輪郭をつかめるようになった。

生活に困窮している人々は多くの場合、長期的目線で物事を考えづらくなってしまう。今月生活する金もないのに、1年後、2年後の自分のために投資をすることは不可能だ。例えば収入を増やすために転職を考えたり、スキルを身につけたりする余裕はない。

低賃金や劣悪な労働環境ゆえに一日に占める労働時間も長く、心身は疲弊し、わずかな余暇時間は睡眠などの休息に充てるしかなく、趣味や勉強の時間を作る精神的な余裕も、体力も残されていない。朝、家を出るギリギリまで眠って仕事へ向かい、夜帰宅すれば入浴、食事を済ませて明日の仕事のために眠る。ただそれだけの毎日を過ごすしかない状況に追い込まれる人は決して少なくない。

こうした「長期的目線で物事を考えられないほど追い込まれている状況」を生活困窮の経験がない人に説明してもなかなか理解を得難いのだが、ものの例えとして「外出先で強烈な腹痛に襲われ、我慢の限界で漏れる寸前なのにトイレが一向に見つからない状態を想像してほしい」と相手に伝えると、「確かに早くトイレにたどり着きたい以外のことは何も考えられない」とスムーズに理解してくれるので非常に助かる。脂汗を流すほどの腹痛を我慢しているとき、ほとんどの人間はなりふり構っていられないだろう。