困窮者向け制度を利用するのは「世間体が良くない」

「以前ハローワークに行ったこともありましたが、パソコンの基本的な操作もわからない私にできそうな仕事はありませんでした。理容師の仕事も探しましたが、私はヘアカットができなくて、もう20年近くマッサージや髭剃り、シャンプーなどのサブ業務くらいしかやっていません。時代が変わって理容室も激減、今は美容院がメインになり、髭剃りなどのサービスの需要がないんです」

職場を訴える気もない、今はただ生活することで精いっぱいなので、とにかく余計なことに体力を使いたくない。私がいくら説得しても彼女はその一点張りで、議論は平行線をたどった。彼女は愚痴をこぼしたかっただけで、問題解決をしたくて私に話をしてくれたわけではないのだと理解した。

生活保護や生活困窮者自立支援を受けることを検討する気はないか、と尋ねたが、彼女は首を横に振り、「子供たちのことを考えるとそれは無理です。そもそも、夫が働いていないので『働け』と窓口で言われるだけです。世間体も良くないし、うちは生活保護の対象になる家庭ではありませんから」

彼女はそれ以上、私に何も言ってほしくなさそうだった。その様子を見て、私は彼女に、実家の母親の姿を重ねてしまった。

マルチ商法にハマった母

かくいう私も、貧困家庭出身者であり、家から逃げ出した後に生活苦に陥ったこともある。そのため彼女の言い分や気持ちに大きく共感できてしまう。

彼女の家庭の状況は、私が生まれ育った家庭の状況と酷似していて、私の母親もまた、彼女と同じように一家の食いぶちを一人で稼がねばならなかった。日々に疲弊して消耗していく母親は、優しかった昔とは別人のようになっていった。私が心配して転職を勧めても、母親はやはり拒絶するだけで「現状維持」を選んだ。

私が中学生か高校生くらいのとき、母親は突然マルチ商法にハマった。知人から紹介されたという“健康にいいジュース”が箱で家に届くようになった。母親に事情を聞くと「このジュースを買う人が増えると、先に買っていた人たちにお金が入る仕組みになっている。将来的にもうけになるし、健康にもなれるから」と得意げに言う。

「それだまされてるよ、お金ないんだから買うのやめなよ」と言うと、母親はムッとした様子で「私はこのジュースがおいしいから飲んでいるから、もしももうからなくてもそれだけでも満足なの。放っといて」と私を突っぱねた。たとえ月々数千円から1万円程度の出費だとしても、わが家には大打撃であることは間違いなかった。何より、母親をマルチ商法に引き込んだ知人が、憎くて仕方なかった。