官邸ではなく、企業側が自主的に賃上げすべき
過去約30年、わが国の給与はほとんど上がっていない。岸田政権は、そうした閉塞感を打破するために取り組みを行っている。その一つとして、「物価上昇をカバーする賃上げ」を行うよう経済界へ要請が行われている。
足許、エネルギー資源価格や穀物などの価格上昇と、このところの円安進行によって、国内の物価は上昇している。家計の生活負担が追加的に上昇する恐れは高い。企業が収益を得るためにも、経済全体で賃上げを目指すことの重要性は高まっている。
ただ、官邸主導の賃上げが、これから持続的な賃金上昇につながるか否かは疑問だ。過去の経験から言っても、おそらく、わが国の賃金が上昇しつづけることは期待しづらいだろう。
重要なポイントは、民間企業が自主的に賃金を上げるような仕組みを定着させることだ。わが国では、多くの企業が“終身雇用・年功序列”という雇用慣行から脱することができていない。そうした旧態依然とした労働慣行の下では、経営者側は賃金を上げなくても、ある程度の人材の確保が可能になる。
一方、労働者側も、自分の能力を向上させて、より高い賃金を望むよりも、企業の中での自分のポジションを確保するほうが安心していられる。ただ、それでは、経済全体として進歩の余地が小さくなってしまう。労働市場を改革することは、わが国の経済にとって重要な変化になるはずだ。
韓国は85.62%の増加に対し、日本は上がっていない
岸田政権が賃上げを急ぐ背景には、世界的にわが国の賃金上昇ペースが極めて緩慢であることが大きい。経済協力開発機構(OECD)が算出する米ドルベースの平均賃金の推移をみると、わが国の賃金の伸び悩みは鮮明だ。1991年から2021年までの間、わが国の平均賃金の上昇率は4.87%だった。
同じ期間中、OECD加盟国の平均は34.81%増だった。米国は52.15%、英国は50.58%、韓国は85.62%、ドイツは33.67%と大きく増加した。
リーマンショックの発生した2008年から2021年までの期間でみても、わが国の賃金増加率は2.20%と、OECD加盟国平均(11.99%)を下回る。2015年に韓国の平均賃金はわが国を上回った。なお、国税庁が発表している民間給与実態統計調査結果によると、1年勤続者の平均給与額は1991年が446万6000円だった。1997年に過去最高の467万3000円に増加した後は右肩下がりの傾向にある。2021年の給与額は443万3000円だ。賃金の伸び悩みは失われた20年や30年と呼ばれるわが国経済の状況と整合的だ。
その背景には複数の要因がある。その一つとして軽視できないのは、非正規雇用者の増加だ。バブルの崩壊後、わが国の経済環境は悪化した。株価、地価の下落によって景気は減速し、消費は減少した。不良債権処理も遅れた。