カストーディアルキャストの仕事のひとつに「残水処理」がある。

雨がやんだあと、ベンチなどゲストが座る場所の雨水をタオルなどで拭きとる。たくさんあるベンチや柵などをひとつずつ丁寧に拭きとっていく作業だ。半分ほど終えたところで、再び雨が降り出す。苦労が水の泡だ。雨がやんだあともレインギアを着ていると、約8年間にわたってディズニーランドで清掃スタッフを務めた笠原一郎さんはSVから早く脱ぐようにと注意される。降ったりやんだりが繰り返されるとそれだけでヘトヘトになっている。

スイーパー担当は、多い日だと1日で3万歩ほど歩く。これくらい歩くと、慣れないうちは膝が笑う状態になる。仕事が終わり、疲れ果てて舞浜駅に向かって歩いているとき、つい口ずさむのは岡林信康の「山さん谷やブルース」だった。「今日の仕事はつらかった。あとは焼酎をあおるだけ♪」“夢の国“を支えるのは、まごうことなき「肉体労働者」たちなのである。

「何をしているんですか?」という質問の意味

晴れてキャストデビューを果たして2日目のことだった。オンステージでスイーピング(※3)をしていると、女子高校生とおぼしき2人組のゲストが私に近寄ってきた。「何をしているんですか?」「?」

掃除をしていることは見たらわかるだろうと思ったが、質問の意図がわからないまま、とりあえずこう答えた。

「ゴミを集めているんですよ。ポップコーンなんかがあちこちに落ちていますからね」

写真=iStock.com/Alex Potemkin
※写真はイメージです

それを聞いた彼女たちは怪訝けげんそうに顔を見合わせると、そのまま無言で立ち去っていった。それからしばらくして、今度は小学生の女の子を連れたお母さんから尋ねられた。

「何を集めているんですか?」
「ええ、ポップコーンなどが落ちていますから……」
「……あぁ、そうなんですか。すみません」

なぜだか今度は親子でがっかりされてしまったようだった。さすがにこれは変だと思い、休憩時間に同僚キャストの谷口さんに尋ねてみた。

「今日、スイーピング中にゲストから何度か『何をしているんですか?』と聞かれたのですが、あれはなんでしょうか?」

勤続10年のベテランキャストだった谷口さんは笑いながら答えてくれた。

「その質問、よくゲストから聞かれることがあるんですよ。一番オーソドックスな返答としては『夢のカケラを集めています!』ですかね。で、笠原さんはなんて答えたんですか?」「……」

キャストへのこのような質問は観光バスのバスガイドが始めて、それがいつの間にか広まったとの説があるようだが、真偽のほどは定かではない。その翌日、早くも私にリベンジのチャンスが訪れた。今度は中学生と思われる3人組の女の子グループだった。ひとりがおずおずと近づいてくると、「あの、すみません。今、何をしているんですか?」「ええ、夢のカケラを集めています」

彼女の表情がパッと明るくなったかと思うと、「ありがとうございます」と頭を下げて去っていった。私も彼女たちの思い出作りに協力できたかと思うと、嬉しくなった。

(※3)ダストパン(チリトリ)とトイブルーム(ホウキ)を使って行なう掃き掃除。