世界遺産誕生がもたらした「二つの意味」

マダーイン・サーレハの世界遺産認定は、サウジアラビアの観光政策に二つの重要な意味をもたらした。一つは、歴史的に「後進地域」と見なされてきたサウジアラビアの、文明的な豊かさが掘り起こされたことである。2021年時点で、ムスリムが多数派を占めるアジア・アフリカ地域の37カ国には、合計で198の世界遺産が存在する。内訳は文化遺産166、自然遺産25、複合遺産7であり、大半が建築を中心とした文化遺産だ。

※写真はイメージです

国別に見ると、その数が群を抜いて多いのはイラン(文化遺産24、自然遺産2)とトルコ(文化遺産17、複合遺産2)で、それぞれの長い文明史を物語っている。一方のサウジアラビアの世界遺産は6つにとどまるが(いずれも文化遺産)、その皮切りに登録されたマダーイン・サーレハは、同国の文明史を世界にアピールする格好の材料となりえた。

もう一つの重要な意味は、古代ナバテア人の遺跡という、イスラーム以外の文明の存在が注目を浴びたことである。純粋なイスラーム社会の形成と引き換えに、サウジアラビアは文化的な多様性を放棄してきた。しかし9.11後に「テロリストの温床」といった批判が寄せられたように、その純粋さが社会の保守性を象徴するものとして、国際社会からのネガティブな評価につながったことは否めない。この点、イスラーム以外の文明が掘り起こされたことは、サウジアラビアへのイメージ刷新にむすびつくと期待された。

「外国人にサウジアラビアの真の姿を見て欲しい」

こうした背景から、SCTAの観光政策は、これまで知られてこなかった国内の多様性をアピールしようと、脱イスラームともいえる性格を帯びはじめた。2010年にはリヤド郊外のサウード家の故地であるディルイーヤ・トライフ地区が、2014年には港湾都市ジッダの旧市街が新たに世界遺産に認定された。これらはいずれも「聖地を擁するイスラームの中心地」、あるいは「排他的で過激なイスラーム」といった従来のイメージとは異なる、国家の新たな顔となった(図表1)。

※地図:サウジアラビアの世界文化遺産 2021年時点(作成:地図屋もりそん)①ヒジュル史跡(マダーイン・サーレハ、2008年認定)、②ディルイーヤ・トライフ地区(リヤド、2010年認定)、③ジッダ旧市街(ジッダ、2014年認定)、④岩絵(ハーイル州、2015年認定)、⑤アフサー・オアシス(アフサー地方、2018年認定)、⑥ヒマー文化地区(ナジュラーン州、2021年認定)

実際、2019年の観光査証の発給開始に際して、政府高官らは一様に「外国人にサウジアラビアの真の姿を見て欲しい」と語った。ここでいう「真の姿」とは、イスラームに限らない、過激主義とは異なるサウジアラビアの「新たな顔」、あるいはビジョン2030の趣旨にのっとった「1979年以前」の開放的な社会を示唆している。

逆にいえば、保守的なイスラームのあり方を象徴する風景は、「見て欲しくない」姿ということだ。たとえば、女性が顔や肌を覆い隠し、男性とは隔離されて生活する様子、また勧善懲悪委員会がパトロールをつうじて人々の言動を取り締まる様子などがそれにあたる。しかし前節で見たように、女性の服装規定は部分的に緩和され、勧善懲悪委員会のパトロールも廃止されている。女性の解放や宗教的な規制の緩和が、観光政策と連動している様子が見てとれよう。