サウジアラビアはこれまで、非ムスリムの外国人による観光には慎重な姿勢を取ってきた。しかし2019年9月、政府は49カ国を対象に観光査証の発給を開始すると発表した。なぜサウジアラビアは観光客を歓迎するようになったのか。中東調査会研究員の高尾賢一郎さんが解説する——。

※本稿は、高尾賢一郎『サウジアラビア 「イスラーム世界の盟主」の正体』(中公新書)の一部を再編集したものです。

2019年9月27日、サウジアラビアのリヤドにある歴史的なディリヤで行われた夕食会で、新しい観光ビザ制度の発表の際に、サウジアラビアのダンサーがパフォーマンスを行った。REUTERS/Stephen Kalin(サウジアラビア)
写真=ロイター/アフロ
2019年9月27日、サウジアラビアのリヤドにある歴史的なディリヤで行われた夕食会で、新しい観光ビザ制度の発表の際に、サウジアラビアのダンサーがパフォーマンスを行った。REUTERS/Stephen Kalin(サウジアラビア)

非ムスリムの外国人による観光には慎重だった

今日のサウジアラビアの変革を占ううえで重要なのは観光産業である。観光はインバウンド消費、関連産業の活性化、雇用創出といった複合的な効果が見込まれるため、多くの国が基幹産業の一つに掲げている。日本では、2015年に「爆買い」がユーキャン新語・流行語大賞に選ばれたように、主にアジアからの観光客によるインバウンド消費が注目されてきた。

一方、オーバーツーリズムと呼ばれる「環境公害」や、外国人観光客に対する嫌悪感情も巻き起こるなど、経済面にとどまらない影響も見せている。2020年以降、COVID-19の影響で観光産業は世界全体で落ち込みつつあるが、経済効果にとどまらない意義も念頭に置きつつ、サウジアラビアの観光政策の試みを紹介したい。

従来、サウジアラビアは外国人への入国査証を、メッカを訪問するムスリム用の巡礼査証、外交官用の外交査証、短期滞在のビジネスマン用の商用査証、長期滞在の出稼ぎ労働者用の就労査証に限ってきた。とりわけ、非ムスリムの外国人が観光目的で自国を訪問することに対しては、イスラーム社会としての秩序や風紀を維持する観点から慎重な姿勢をとってきた。しかし2019年9月、政府は49カ国を対象に観光査証の発給を開始すると発表した。ここにいたるまでにどのような経緯があったのか。

きっかけは1990年代の失業率の上昇

サウジアラビアの観光政策は女性の議題とつうじる点が多く、やはり1990年代の失業率の上昇がきっかけとなった。当時、アブドッラー皇太子は雇用創出の準備として世界貿易機関(WTO)への加盟申請、外国資本100%の企業進出の許可、また総合投資庁(SAGIA:Saudi Arabian General Investment Authority)の設立によって国内市場の開放を海外にアピールした。観光政策はまさしく、雇用創出、国外からの投資呼び込み、さらには当時年間160億ドルといわれた、自国民の海外消費を国内に転換することの一環として期待されたのである。

2000年代に入ると、観光政策は担当官庁の設立によって具体的な進展を見せる。2000年4月、観光最高委員会(SCT)が設立された。そして2008年3月、同機関が観光・遺跡委員会(SCTA:Saudi Commission for Tourism and Antiquities)に改称した少し後、大きな出来事が起こる。同年7月にメディナ州にある古代ナバテア人の遺跡マダーイン・サーレハが、サウジアラビアで初めて国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の世界遺産(文化遺産)に認定されたのだ。