大規模リゾートを開発、自国民の消費も促す

これに対して娯楽庁が推し進める近年の催事は、ロック音楽のコンサートやアメリカの女子プロレスの試合といった具合に、海外の、興行的性格が強いものが目立つ。もちろん、これまで否定的に見られることも少なくなかった西洋文化の催しを行うことは、それ自体がサウジアラビア社会の変革を国内外にアピールする意味を持つ。他方、こうした催事は支持を集めつつも、なかには入場料が日本円にして数万円、さらには数十万円の特等席が用意されているものもある。つまり、たんなる文化開放ではなく、国内消費の増大を見込んだものであることは明らかだ。

2018年4月、ムハンマド皇太子が代表を務めるムハンマド・イブン・サルマーン慈善財団(MISK)は、リヤド郊外でテーマパーク「キッディーヤ」の着工を開始した。国内で初となる、大規模な滞在型リゾートの建設計画であり、この時点で年間300億ドルといわれた自国民の海外消費を、国内での消費に置き換えることが目的とされた。海外から訪れた観光客による消費はもちろん、「娯楽がないから」と海外に出かけていた市民を国内にとどめ、彼らの消費を促すことが観光政策に期待されたのである。

サウジアラビアの飛行機
写真=iStock.com/jremes84
※写真はイメージです

勧善懲悪委員会の取り締まりを明文化した「風紀法」

2020年2月、SCTHはとうとう観光省に格上げされた。あいにくCOVID-19の感染拡大のはじまりと重なったものの、2021年5月には湾岸諸国で初となる国連世界観光機関(UNWTO)地域支部のリヤドへの誘致に貢献するなど、海外と観光政策をタイアップする窓口としての役割を担っている。

一方、海外からの観光客の誘致に伴ってオーバーツーリズムへの懸念が高まるのは、世界各国に共通した問題であろう。とくにイスラーム諸国の場合、オーバーツーリズムは社会の宗教的な風紀を乱す事態として問題化しやすい。男女の隔離や飲酒の忌避といったイスラームの教えを守るためのルールが、観光客には適用されないケースもあるからだ。これに対して、サウジアラビアでは勧善懲悪委員会が公序良俗にかかわる事案を取り締まってきた。しかし、彼らは観光査証の発給に先立つ2016年、捜査・逮捕権を失い、公共の場からその姿を消している。

これに取って代わり、新たに公共の場で守るべき節度について定めたのが、2019年9月に施行された「風紀法」(Public Decency Law/qānūn al-dhawq al-‘āmm)である。同法にはジェンダー秩序や服装規定などが含まれ、一見すると勧善懲悪委員会による従来の取り締まり内容を明文化したもの、つまり取り締まりをより制度的にしたものとも映る。