前年の自分はあくまで過去の自分

伸び悩む選手の中には、昔の自分との比較に終始してしまう人もいます。

「昔の自分はここまでやれたのに、今は同じことができなくなってしまった」というように、かつての良かった自分が基準になってしまうことで、練習しても成果が出ていないと考え、決して悪くない状態にあるのに調子が良くないと判断してしまうことになるのです。

もちろん、昔の自分に追いつこうとする努力も必要ではありますが、「変化は当たり前だ」と受け入れることも同じくらい重要です。筋力や体力が年々衰えていくのは当然のことですし、技術面や精神面についても、昔と変わらないということはないはずです。

その事実を受け入れられず、昔の良かった自分に支配されたままでは、成長していくことは難しいだろうと思います。

だから、過去の自分は諦め、今の自分を受け入れることが必要です。

選手時代の私もこの点で非常に苦労しました。一軍で良い成績を残した翌年に調子を崩すことが多かったのですが、それは、前年の良いイメージが残っているために、今の自分の状態が悪く感じられてしまったからです。

周囲の人は良い調子だと言ってくれるのですが、自分としては最高の状態ではないことが分かっているので、前年の良かった自分に近づけようとしてしまいます。周りから、なぜ今の状態で満足しないのかと言われるほど、決して調子は悪くなかったのですが、もっともっとと追い求めたことで深みに嵌まり、結果として力を出し切ることができなくなってしまったのです。

現役時代、印象的だったのが斉藤和巳です。

20勝した翌年の斉藤は、恐らく前年のイメージに囚われていたのでしょう、やはり調子は良くありませんでした。登板2日前のピッチングや試合前のブルペンでの様子を見ていましたが、球は全く走らず、キレも非常に悪かった。斉藤自身が、中学生ぐらいの球しか投げられていないと嘆くような状態でした。

しかし、試合では人が変わったような投球を見せるのです。その後も、ブルペンでの調子は変わらないのに、試合では勝利するという彼の姿を何度も目にしました。彼は不調を抱えながらも、マウンド上では、前年のイメージを追うのではなく打者との勝負に徹したことで、状態の悪さを乗り越えていたのだと思います。

倉野信次『魔改造はなぜ成功するのか』(KADOKAWA)

かつての自分に近づけることに多くの時間を費やすよりも、今の自分の状態のまま最大のパフォーマンスを引き出すことに注力した方が成果は上がります。成功体験を手放すことは難しいものですが、今の自分を受け入れた上でベストを尽くせるようにと選手を導くようにしています。

王貞治さんは現役時代、今年はこの自分で勝負すると、毎年違ったスタイルでシーズンに臨んでいたと話していましたが、そういう意識を選手にも持たせるようにしています。前年の自分はあくまでも過去のこと、今年は今の状態でどう戦っていくかという思考に切り替えた方が良い、とアドバイスをします。

追いかけるのはそれまでの自分ではなく、今の自分の状態で目指すことができる最大の到達点であるべきだと考えています。

関連記事
「2年間、笑顔を封印していた」渋野日向子が復活Vを遂げるために捨てた"ある常識" 
「勝負に弱い人ほど心が揺れる」最強の麻雀プロが鉄のメンタルを維持するためにやっていること
「ハンカチ斎藤佑樹は余裕で食っていける」アスリートの再就職先の天国と地獄
最年少四冠「誰も止められない藤井聡太」投了して涙こぼす小3の息子をぎゅっと抱きしめた親の肝っ玉
「すべての親は真似するべき」ヒカキンの親が絶対にやらなかった"あること"