中沢さんは「病気だけでなく人を診ること」を心がけている。薬剤師の仕事は、薬を出すことだ。ただし、それに加えて、処方薬を出す場合は「なぜ、この薬が出ているのか」を気にしている。必要とされる薬の説明はもちろん行うが、それだけで満足しない。
客の悩みに迫るべく、遠いところからより近くへと会話のボールを投げるようにしている。そして、手探りの会話を繰り返し、悩みを打ち明けてもらうように努めている。
こうした接客への心がけが、美帆さんのような常連客を着々と増やしている。
ニュクス薬局に来る客は、女性8割、男性が2割だ。年齢は、共にほとんどが20~30代。女性の職種は、キャバクラ、風俗、AV、バーテンダー。男性はホスト、キャッチに同じくバーテンダーなどが多い。
処方する薬は多岐にわたるが、市販薬は売れ筋がある。男女ともに、頭や歯の痛みに効く鎮痛剤「ロキソニン」。二日酔いや口内炎向けの、漢方薬「黄連解毒丸」も人気だ。
女性は下半身にかゆみなどの症状が出る「カンジダ」の薬、男性は血管拡張作用があり下半身の元気に役立つ薬も売れている。
歌舞伎町にあり、若い男女がよく来店することに合わせたサービスもある。
コンドームを1枚50円で、バラ売りしている。また、滋養強壮剤のボトルをキープできる。お酒を大量に飲むホストなどが、出勤前に立ち寄って、マイボトルからの1杯を急ぎで口にしている。
刑務所に入った常連客からは手紙が…
ファンを作れるのは、中沢さんの人柄あってだ。店舗に来ても、薬をもらわずに話だけをして帰る女性は少なくない。こうした対応を嫌がっていては、常連客は生まれない。
一例が、キャバクラで働いていた真由美さん(仮名)。彼女は退勤後に、よく顔を出しては雑談して帰っていた。
しかし、しばらく来なくなったと思ったら、刑務所から手紙を寄こした。覚醒剤の使用で逮捕されていた。
外の世界とつながりたいと考えた時、真由美さんは親や友人でなく、中沢さんとの縁を望んだ。「歌舞伎町の保健室」だからこそ、なしえたことだろう。中沢さんは真由美さんと、10通ほど手紙のやりとりをした。
真由美さんは、薬をもらいにくるわけではないからビジネスにはならない。そういう意味ではお客ではない。しかし、単なるお金を超えた関係を結べるからこそ、中沢さんの薬局には常連客が集まるのだろう。
ニュクスは、ギリシャ神話に出てくる「夜の女神」を意味する。女神の名を借りた薬局の灯火は、独立開業を考える多くの人にとってヒントになりそうだ。