東京・歌舞伎町にある「ニュクス薬局」は、16時半から深夜3時半までという深夜営業の薬局だ。店主の中沢宏昭さんは大手チェーン薬局での勤務を経て、2014年に独立開業した。なぜわざわざ歌舞伎町という場所を選んだのか。ジャーナリストの富岡悠希さんが聞いた――。
大手チェーン薬局を経て、2014年に独立開業したニュクス薬局の中沢宏昭さん
筆者撮影
大手チェーン薬局を経て、2014年に独立開業したニュクス薬局の中沢宏昭さん

終電を超えても薬を処方する“深夜薬局”

「薬の飲み方が変わった感じかな?」
「うん、昼間に飲んでいるのがダメだったから、新しいのに変わったみたい」
「なるほどね。これは寝る5時間前に。時間としては夕食前になるのかな? 1回2錠、30日分で60錠になるよ」

これは11月5日(金)の午後11時ごろ、新宿・歌舞伎町にある「ニュクス薬局」での接客の様子だ。店主の中沢宏昭さん(43)と接客業の美帆さん(仮名、37歳)の会話は、敬語なしのいわゆる「タメ語」。この接客が常連客に好評だという。美帆さんは「ラフで話しやすいから、めっちゃいい。それに、客をさばくのがうまい」と話す。

「他人過ぎず、友達過ぎず、の距離感でいてくれる。他人過ぎたら、薬の相談とか悩みとかを打ち明けにくい。でも、歌舞伎町で友達過ぎたら、スマホの充電用に電源を貸してくれとか、用もないのにたむろする人が出てくるよ」
「距離感が偏っていない上に、薬の処方も早い。移転したと知らなくて、前の場所が空になっていて、めっちゃ焦った。思わず通っている夜間病院に電話をかけて、移転のことを教えてもらって安心した。ここがないと困っちゃうよ」

美帆さんは、ニュクス薬局に通うようになってから数年がたつ。肌トラブルや不眠、メンタルの不調を抱えていることから、2週間に1回程度、夜間診療をしている病院に行った後、ここで薬をもらう。

ニュクス薬局は、歌舞伎町2丁目のマンション1階部分にある。営業時間は16時半から深夜3時半まで。店舗の面積は約35.5m2。今年9月に同じ町内で移転したばかりだ。周辺には、どぎつい色彩のネオンを掲げた雑居ビルやホストクラブ、風俗店などが立ち並ぶ。明るく清潔な薬局は、雑多で猥雑な歌舞伎町の中で異彩を放っている。

ニュクス薬局の従業員は1人だけ。オーナーである中沢さんが1人で経営している。なぜ中沢さんは歌舞伎町で薬局を開くことになったのだろうか。

なぜ立地に歌舞伎町を選んだのか

中沢さんは、大学卒業後、最初は薬局チェーンに勤めた。学生時代から「独立する」と決めており、食費と小遣いは月5万円でやりくりし、給料の多くを貯金に回した。他との差別化として深夜に営業する「深夜薬局」の構想を温める。出店先は、「夜の街」である歌舞伎町に狙いを定めた。

歌舞伎町一番街アーチ
筆者撮影

その後、別の薬局へと移り、住まいも新宿に移す。歌舞伎町で飲み歩く中、歌舞伎町ならば自分の構想が成り立つと手応えを感じた。そして、ついに2014年に開業を果たす。競合のいない場所を選んだことで、深夜を超えて働く人たちが「夜中に処方薬が欲しい」需要を一手に取り込んだ。