鬼滅の名シーンにもやはり登場

そのシーンが現れたのは、次のような展開からです。鬼舞辻無惨は多数の鬼を従えていますが、そのなかでも最強クラスの実力を誇る「12名の鬼の集団」がいました。鬼舞辻無惨が直接率いる「十二鬼月」です。

その十二鬼月の序列1位(上弦の壱)に、「黒死牟」という鬼がいます。当該のシーンが出てきたのは、鬼殺隊に撃破された黒死牟が、自分の過去を振り返る場面でした。

〈死にたくなかったのか? こんな惨めな生き物に成り下がってまで 違う 私は 私はただ縁壱 お前になりたかったのだ〉。「縁壱」というのは、黒死牟こと継国巌勝の双子の弟であり、かつて戦国時代に鬼殺隊の基盤をつくった鬼狩りの1人・継国縁壱のことです。黒死牟と縁壱の兄弟は、「1人は鬼、もう1人は鬼狩りになる」という数奇な運命を辿ります。

弟の縁壱は、無惨でさえも敵わないほどの剣の達人でした。そのたぐいまれな才能により、兄の巌勝から嫉妬と憎悪の念を抱かれていた縁壱は、母親の死を契機に7歳で自ら出奔します。あてもなくひたすら山のなかを走っていた縁壱は、家族を流行り病で失った「うた」という少女と出会い、共に暮らすようになりました。10年後、うたを妻にめとり、幸せに暮らしていた縁壱ですが、ある日、妻とお腹の子を鬼に殺されてしまいます。

30~40代女性が鬼滅を愛するのは当然だった

妻の亡骸を抱えて呆然としていたときに、縁壱は「鬼狩り」の剣士と出会い、鬼たちとの闘いの道へ進むことを決めました。その後、兄・巌勝も縁壱の強さに追いつくため、家庭や剣士としての地位を捨て鬼殺隊へ入るのですが、彼は組織を裏切り、鬼となってしまいます。

きたがわ翔『プロが語る胸アツ「神」漫画 1970-2020』(インターナショナル新書)

数十年後、年老いた縁壱は「巌勝=黒死牟」と再会しました。縁壱はまったく衰えぬ剣技で巌勝を圧倒しますが、80歳を過ぎていた彼は戦いの最中に寿命を迎え、死亡してしまいます。先ほどの〈縁壱 お前になりたかったのだ〉は、黒死牟が鬼殺隊に敗れたときに弟の縁壱を思い出した場面でのセリフです。

僕はこの場面を見つけたとき、「『鬼滅の刃』に『天使なんかじゃない』のあのシーンがあったよ!」と、思わず親しい漫画家仲間の山田玲司先生にメールしてしまいました。

このように『鬼滅の刃』には、岩泉舞先生、矢沢あい先生、さらには紡木たく先生の少女漫画的なエッセンスがたくさん詰まっています。だからこそ、「現在の30代、40代の女性の心を鷲づかみにしているのもうなずける」というのが僕の推察です。

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