配達エリア1.2キロは偶然決まった

「なんでも酒やカクヤス」を運営する株式会社カクヤスグループ(本社・東京都北区)は1921年に創業した。昔は町の酒屋さんだったが、2代目の時に料飲店にお酒を卸す業務用にシフトした。現社長の3代目、佐藤順一社長はバブルの絶頂期に入社して、「六本木に新規オープンするキャバクラには、だいたいうちがお酒を卸していた」という。

一般家庭用の小売を再開したきっかけはバブル崩壊だ。顧客である料飲店の倒産が相次ぎ、キャッシュフローが悪化。1992年、売掛金回収の苦労がないBtoC市場に活路を求めて、当時はやっていたディカウントショップを東京都北区にオープンさせた。その立地が同社の戦略を左右することになる。佐藤社長は当時の事情をこう明かす。

カクヤス・佐藤順一社長(撮影=プレジデントオンライン編集部)

「コンビニ跡地だったんです。郊外の大型ディスカウントショップと比べると、狭くて大量陳列できず、駐車場もない。そのままでは勝てないと思って、大型店がやっていない配達サービスを始めました。配達エリアは、店舗から半径1.2キロ。最初は1キロにしようかと思って地図を見たら、近所の豊島五丁目団地は3分の2しか入らなかった。同じ団地の3分の1のお客様をお断りするわけにはいかない。それで団地すべてが入るエリアとして1.2キロに決めました」

成り行きでエリアを決めたが、結果的には理にかなっていた。1.2キロの場合、1時間に配達可能な件数は4.2件だった。距離を延ばすと面積は2乗で大きくなって移動が非効率になり、配達可能件数は大きく下がる。

一般にピザの宅配は商圏が2キロで、1時間2.6件だ。かといって商圏を小さくすると客数が減ってしまう。注文数を最大化できる商圏が1.2キロであり、いまもカクヤスはこの商圏をベースにして出店を続けている。

1998年に「ビール1本から無料配達」の原型が完成

問題は配達料だ。配達サービス開始前は、1時間3件という注文数を想定。配達員の時給が1000円として、1件300円の配達料を取った。単価が低いと採算割れのリスクもあるので、「配達は1万円以上のご注文から」と縛りもつけた。しかし、これが不評だった。

「私の読み間違いでした。競合は郊外の大型ディスカウントショップだと思っていましたが、1.2キロ圏内にそんなお店は1店もない。ライバルは近所の小さな酒屋。うちはディスカウントショップなので配達料を上乗せしてもまだ安いのですが、『おまえのところは配達料を取るのか』と嫌われてしまった」

仕方なく縛りを緩めることにした。配達でもっともコストが大きいのは人件費だが、売上高に対する人件費率を調べると、店舗の人件費率と同じく7%だった。これは配達の客単価が平均1万6000円と高かったからだ。縛りを緩くすれば単価が下がって人件費率は上昇するが、店舗の人件費率を考えると、多少の上昇は許容範囲である。

そこで「お買い上げ1万円以上」を「5000円以上」に。その後も段階的に緩め、最終的にはロットの縛りなしで、1998年には配送料も無料にした。「ビール1本から無料配達」の原型は、いまから20年以上前にできたのだ。