かかりつけ医が持病の悪化を見逃す不思議
80歳代の女性が、かかりつけ医から「認知症」と紹介されて受診した。本人は、ほとんど会話ができない。単語を一言二言話せるだけだ。同居している娘さんによると、数日前から、それまで普通に通じていた会話がほとんどできなくなり、排泄もトイレ以外の場所でしてしまうようになった。あわててかかりつけ医に相談したら「認知症になったから専門医のところに行くように」と言われたとのことだった。
女性には肝臓病の持病があり、私は一通り話を聞くとすぐに「まず間違いなく身体的な問題だと思うので、総合病院の消化器内科へ」と促し、紹介状を書いた。検査する必要もなかった。認知症のはずはないからである。
認知症とはゆっくりと少しずつ症状が現れる病気である。会話ができなくなったり場所をわきまえない排泄が始まったりするのは、少なくとも発症後7~10年以上たってからだ。その日に総合病院を受診した女性は、消化器内科に即日入院となった。診断は、肝臓病が脳に影響を及ぼす肝性脳症であった。
重度の認知障害、排泄障害というべき症状が突然に生じたら、持病の肝臓病の悪化を考えるのが普通であろう。かかりつけ医であれば、ふだんの患者の様子をむしろよく知っているはずで、明らかに異常な様子とわかれば、なぜ肝臓病の悪化を考えなかったのか。なぜ認知症と思い込み、これは専門外という意識が働いたのだろうか。
「だるさで立てない」をなぜ認知症と診断するのか
家族と受診した70歳代の男性は自ら症状を訴えた。1年前からだるさがあり、1カ月前から食欲が大きく低下した。家族によると、1週間前、床から起きられず呼びかけに対する反応も悪くなって、救急車で内科病院に搬送され点滴治療を受けた。入院中、医師の言ったことをすぐ忘れる、日付を間違える、ということがあり、「認知症だから早く精神科病院に行くように」と指示されたという。
認知症は体のだるさで発症するようなことはない。初期に食欲が落ちることもない。1年で、起き上がれなくなることなどよもやあり得ない。これらの原因は、身体的な病以外には考えられない。なぜそれを「認知症だから精神科病院へ」となるのか。記憶障害と見当識障害を認めたからというなら、偏見も甚だしい。
私が血液検査で甲状腺機能を調べたところ、甲状腺ホルモンの値が顕著に低下しており(甲状腺機能低下症)、すべての症状の原因はここにあると思われた。大学病院の内分泌科に紹介し、ホルモン補充療法が始まり、男性は元気を取り戻した。もちろん認知機能も正常化した。
このケースも、劵怠感や食欲不振、反応の悪化など、問題となっていたのはほとんどが身体症状である。記憶が悪く、日付がわからない、というだけで認知症と考えるとは、「早期発見」啓発のせいで、通常の内科診療で持つべき正しい目を曇らされているとしか思えない。