与党が圧倒的多数を占める国会で野党の追及は弱々しかった。最高裁判所の判事15人は安倍政権以降に指名された者ばかりで、安倍政権を忖度するような判決が相次いだ。マスコミも安倍政権を持ち上げる報道が増えた。

そうした中で森友学園事件や加計学園事件、桜を見る会疑惑など安倍氏の権力私物化が疑われる問題が次々に発覚したが、安倍首相は権力の座を維持した。財務省は安倍氏の疑惑を隠蔽するため公文書改ざんや国会虚偽答弁に手を染め、エリート官僚たちのモラルは崩壊し、行政は機能不全に陥った。

そこへコロナ危機が襲ってきた。諸外国に比べて検査体制や医療体制は一向に整わず、ワクチンの確保も大幅に遅れた。治療すれば救えるはずの命が失われていく医療崩壊を招いたのである。

菅首相は十分に「中継ぎ」の役目を果たした

安倍氏は昨年秋、病気を理由に退陣した。あとを受け継いだのは官房長官として安倍政権を支えてきた菅首相だ。菅首相は安倍氏と親しい加藤勝信氏を官房長官に起用し、官僚トップの官房副長官には安倍氏が登用した警察出身の杉田和博官房副長官を留任させた。安倍政権の骨格をそのまま残したのである。安倍氏がやり残した東京五輪をコロナ禍の最中に強行開催したのは当然の帰結だった。

菅義偉氏=2019年4月1日(写真=内閣官房内閣広報室/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

菅政権は高い支持率でスタートしたが、菅首相は衆院解散に踏み切らなかった。支持率は徐々に落ち、感染拡大もあって衆院解散の機会を逃したまま退任する。「安倍政権を受け継いだ菅政権の是非」は一度も国民の審判を得ることなく一年で終焉する。安倍政権の疑惑の数々は封印されたままで、隠蔽工作に関与した官僚たちの多くは今も主要ポストにとどまり、隠蔽体質は温存されている。だからこそ安倍氏は今もキングメーカーとして君臨しているのだ。

安倍氏からみれば、菅首相は十分に「中継ぎ」の役目を果たしたといえる。衆院選が迫り、このままでは自民党惨敗の恐れが出てきたのでお役御免というわけだ。菅首相に代わる安倍政権の新たな継承者として岸田氏に白羽の矢を立てた。菅首相と岸田氏の「安倍争奪戦」はどちらが勝っても安倍政権を受け継ぐコップの中の戦いだった。岸田氏が勝っても菅政権より強固な安倍傀儡政権が誕生するだけだろう。

この総裁選の真の争点は「安倍氏による自民党支配」の是非である。誰が首相になれば安倍長期政権とそれを受け継いだ菅政権で蓄積された膿を出し尽くし、政治を再生できるのか。その視点で総裁選の構図を分析しよう。

総裁選で真の争点「安倍路線の継承か、否か」

第二次安倍政権が誕生した2012年末から安倍首相、麻生太郎副総理兼財務相、菅官房長官の3人がこの国の政治を牛耳った。2016年からは二階幹事長が加わった。この4人は時に「内輪もめ」しながら「世代交代を阻む」一点で手を握り、あらゆる国家利権を独占してきた。その頂点に君臨したのが安倍氏である。