「変人のおじさん」だから心を開いた姪

ところで続編の「まだ結婚できない男」では、13年後、依然として独身で建築士を続けている桑野の日常が描かれます。桑野の姪・ゆみは高校生になっています。ある日、妹夫婦から相談を受けた桑野は、ゆみがメイドカフェでアルバイトしている現場を突き止めます。理由を聞くと、ゆみはアメリカに留学して経済学を勉強したい、という希望を持っており、資金を貯めるために高時給のメイドカフェで働いていたことが分かります。

医者と結婚して病院を継いでほしい、と折に触れてプレッシャーをかけてくる両親には言えないけれど、「変人のおじさん」である桑野には正直にやりたいことを話せた、ゆみの心情はよく分かります。桑野から事情を聞いたゆみの父は、娘が結婚して病院を継ぐことを「そうなったらいいな」と思っていただけで「押し付けてはいない」と言います。

親は子どもの幸せを願っています。あくまでも子どもの将来のために、良かれと思って話しても、ジェンダー役割を押し付けたり、子どもを追い詰めたりすることがあるかもしれません。子どもは子どもで親の気持ちを察して遠慮してしまい、自分が本当にやりたいことを言い出せない。そんなことは、日本中でたくさん起きていそうです。

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ルールから自由だと「変な人」とみなされる

そんな時、桑野のように既存の価値観から解放された大人が近くにいたら、子どもは本音を言えるかもしれません。ここで面白いのは、桑野が決して子ども好きではないことです。偶然居合わせた赤ちゃんに笑顔を向けることすらできず、怖がらせて泣かせてしまうような不器用な人、それが桑野です。姪のゆみに対しても、必要以上に近づかず「理解のある叔父」を演じるわけでもなく、事情を聞いたらさっと帰っていく距離感が良いと思いました。

仕事で参加した立食パーティーで、桑野がパスタの定義を巡りうっとうしい蘊蓄うんちくを披露して、面倒がられて人が離れていくシーンもあります。一緒にもんじゃ焼きを食べに行くと、混ぜ方や作り方に独自の強いこだわりを見せ、同席者をうんざりさせます。

決して、友達になりたいタイプではない桑野が、だからこそ、多くの人を縛っている「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」というルールから自由である、というのは興味深いです。今の日本社会には、職場、家庭、学校、地域にジェンダーに基づく決めつけが根付いています。あまりにも、あらゆるところに染みついている慣習やルールから自由になろうとしたら、現代日本社会においては「変な人」とみなされることを覚悟しなくてはいけないのかもしれません。