「この現場に関われてよかった」と心から私は思った

平出さんがビニールテープを持ってきて、今度はそれで本をしばる。慎重に山を崩しながら処分を進めていった。

あいかわらず両手いっぱいに本を抱えての階段昇降はきつかったけれど、終わりが見える現場だったから、皆の表情は明るかった。時折作業員同士の笑い声が聞こえる。

和室の畳も見えるようになった。(撮影=笹井恵里子)

そして以前は物で埋まっていた窓から日の光が差し込んだ時、この現場に関われてよかったと心から私は思った。

作業後、男性の父親ともう一度話をした。

「やはり大家さんは、この状態ではダメだと?」
「そう。強制撤去。出てってくれって」

父親がこちらを見る。

「でもうちに6畳一間だけど、あいつ(息子)が育った子供用の部屋があるからさ。今はそこにいるよ。透析もしないといけないから、4月から受けてくれる病院をみつけるために、探し回ることになったよ」

「この3年で1000万円くらい貯金を崩して振り込んだ」

話す内容は大変そうなのに、父親はどことなく嬉しそうだ。

「お父様がお元気でよかった」と私が言うと、

「あぁ俺が倒れたら終わりだ」と、にっこり。

2回目の作業で台所も使えるようになった。(撮影=笹井恵里子)

「俺はずっとサラリーマンで、コツコツ貯金しながら60歳まで働いた。あいつが目が見えなくなって、この3年で1000万円くらい貯金を崩して振り込んだなあ」

私が目を見開くと、ガハハと笑って「節約してたから」と、父親が胸を張る。

「会社人生で夏の背広なんて1回しか買ったことないよ。でももう俺も80歳だし、貯金を残しておいても仕方ないからいいんだ。定年してから民生委員9年やって、人様の面倒は見たてきたんだけどさ、自分の息子は……ダメだったね」

目を伏せる父親の様子を見て、胸が痛んだ。

「そんなことないです。1000万円も振り込めるなんてすごいです」と私が言うと、でも、息子との生活が楽しみだと顔を輝かせた。

「家内が一番喜んでるんだよ。このゴミ部屋で死ぬんじゃないかって心配していたから。あ、お姉さん、ちょっとうちの奴と電話で話してやって」